開発部長、芳雄の憂鬱@七五三

 新商品の開発会議が始まった。
 今日の議題は、七五三用の新しい千歳飴の図案や味についてである。
 去年社長(実父)が、耳をなくした猫型ロボットをモチーフにした千歳飴を作り、危うく裁判沙汰になるところであった為、今年からは全社会議する事となったのだ。本当にあの人は奔放というか、思慮が足りないというか。
 いや、社長に限らずうちの社員もそれに倣ってバカばっかりだから呆れる。
 最初に見た下絵は、件の猫型ロボットの髭の無いやつであった。それは既にうまい某がやっている。提出したのは営業の部長か。こいつはいい歳をしてうまい某を食べた事が無いのであろうか。それならまだ本家をパクった方がマシというものだ。全く呆れる。
 次に出てきたのはアンパンをモチーフにしたやつで、書いたのは営業補佐の女性事務員だった。これはアレじゃないか! と問うたら、いや、うちの息子が書いた落書きです。とのうのうと答える。確信犯だこいつは。確かにあの絵を描く子供は多いけれども。それにしたって親が元ネタ知らないはずがない。全く呆れる。
 更に事務のもう少し若い女子社員に至っては、闇金なんとかくんのイラストであった。なんか悩みでもあるのか、金で済むなら貸そうかと思わず心配してしまった。と言うか、闇金のあの人の千歳飴を喜ぶ子供がこの国にいるのだろうか。いやいる訳がない。ちょっと巨乳で良い匂いがするけど、まったく思慮が足りない。
 しっかしどいつもこいつもあいつもそいつも。うちの会社はバカばっかりか。芳雄は少しく悲しくなった。イラストは収集つかず、会議は試食会に移った。
 最初はカレー味。もうね、スパイスと甘さのバランスが悪く、K1のスタンディングルール並みの喧嘩をしている。却下。お茶持ってきて。
 次はナポリタン味。これは味見することなく却下。美味い訳がない。そして子供が喜ぶ訳がない。
 それからも色んなサンプルを出され、お茶によって腹がちゃぷちゃぷになったところに、開発部一年目の新入社員が新しいサンプルを持ってきた。タイトルは無い。
 サンプルを舐めてみると、甘酸っぱく、ほのかに花の香が鼻に残り、それでいてくどくない。そして少しく幸福な気持ちになったのである。
 うん、これならいける。芳雄は思った。
 辺りを見渡すと、数十人いるアホ社員が皆一様に、幸せそうな表情を浮かべていた。
 その社員に成分を問えば、色んなものを混ぜているうちにこの味になったので、よくわからないんすよねー、等と言う。
 バカか。バカなのか。これには本当に呆れた。便座に座ったら蓋が閉まっていた時のような、とても嫌な気持ちになったので、件のサンプルをもう一つもらい、再び幸せな気持ちになった。
 翌日、アンケートの結果を見ると、果たしてその飴に大多数の票が集まっていた。イラストは結局ピンとくるものがなく、在来通り、金太郎で行くことにした。早速成分を分析させ、大量生産を開始。これでなんとか七五三前に流通に乗せる事ができたのである。売上も上々。
 そして七五三の週の週末。一仕事を終え浮かれ気分の芳雄は近所を散歩していると、突如猛スピードで走ってきたミニバンに撥ねられた。
 現行犯逮捕された運転手の証言。
「いやなんかー、子供の千歳飴を舐めてたら止まらなくなっちゃってー、丸々一本食べたらなんかハイになっちゃったんすよねー。どうでもいいけど。おほほん。アイムソーハッピー」
 芳雄は搬送先で静かに息を引き取った。


  了

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