キャプテン・コグレ

 事の発端は十一月一日。そう、ハロウィンの翌日。小暮は踊りたい気持ちをこらえつつ、夜道を一人、自宅への帰路を急いでいた。
 何故こうも浮かれていたかと言うと、お気に入りのセクシー女優の新作映像作品が発売されたのが一週間前。待ちに待ったその日は、妻が子供たちを連れて実家に帰省するという又と無いチャンス。仕事終わりに張り切ってレンタルビデオ店へ行った帰り道なのである。今日は朝まで自家発電だ。むふふふふ。
 信号待ちの際、待ち切れずに中身を検めると、なんという事でしょう。新作の他に借りた何本かの映像作品の中に、以前借りた作品が一本混ざっていた。しかもパッケージに騙されて中身は最悪だったやつである。同じ失態を繰り返すなんて僕のばかばかばか。店に戻って違うやつを借りよう。小暮が踵を返したその時だった。
 大型のトラックが交差点に進入し、小暮は巻き込まれたのである。
 小暮は搬送先の病院で死亡が確認された。
 小暮が車に撥ねられた時、最後に目に映ったのは、前日のハロウィンの残骸、道端に捨てられたジャックオーランタンであった。
 翌日の夜、事故のあった交差点をちょっとシュッとした感じのOLが歩いていると、後ろからハイエースが近づき停車した。
 スライドドアが開き、中からマスクをした二人組が降りてきて、OLを車に引きずりこもうとしたのである。キャー! 響き渡る悲鳴。
 するとその時、道端に落ちていたジャックオーランタンから、胴体と手足が伸び、成人男性程の大きさに変身したのである。それは小暮の生まれ変わりであった。小暮はその際全裸だったため、これまた近くに落ちていたキャプテンアメリカ風の衣装に身を包み、ついでに金属バットを拾い上げ、ハイエースの前に躍り出た。
「お前ら、その手を放せ」
「何だお前、ハロウィンは終わっただろ」
「いいから放せ」
 小暮は金属バットを暴漢Aの鎖骨に叩きつけた。ぐじゃっと嫌な音が響き、暴漢Aは崩れ落ちる。そのまま振り向き、もう一人の側頭部をフルスイングで打ち抜いた。それを見た運転手は、スライドドアを開けたまま、二人を置いて急発進で逃げて行ったのである。
「お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です。お、お名前は?」
「小暮、いや、キャプテンコグレです」
 かぼちゃに擬態し、誰かの悲鳴が聞こえたら変身して助け、またかぼちゃに戻るというのを繰り返し続けていた小暮だが、冬至の今日、たまたま八百屋の店頭でかぼちゃに擬態していたのを若い女性が購入したのだ。ゆずと一緒に。
 女性の部屋でテーブルの上に置かれ、どうしよう、どうやって逃げ出そう、と逡巡していると、ゆずが袋から取り出され、一緒に風呂に入っていった。くそう羨ましい!
 彼女が風呂から上がり、リビングでまったりしていると、玄関の呼び出し音が鳴った。ドアを開けると若い男が部屋に入ってくる。
「お前、どこ行ってたんだよ。着信拒否かよ」
「やめてよ、別れたいって言ったじゃないの」
「ざけんな、別れねーよ」男は女性の髪を掴む。今だ! 悲鳴を上げてくれれば変身できる! 
「わかった、わかったから落ち着いてよ」
「わかればいいんだよ、わかれば」
 男は手を離し、ソファに身体を沈めた。
 彼女はこの時を待っていた。ネットで絶対にバレないという毒物を購入していたのである。
「お腹空いてない? なんか食べる? あ、今日美味しそうなカボチャ買ってきたのよね」
 彼女はかぼちゃ(小暮)に包丁をいれた。


  了

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