黒沢秀樹

黒沢秀樹(くろさわ ひでき、1970年8月28日 - )は、日本のミュージシャン、音楽プロデューサー、ギタリスト。茨城県日立市出身。血液型はB型。実兄はミュージシャンの黒沢健一。身長161cm。とウィキペディアに書いてありました。
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数字のその先に

桜を今年も見ることが出来た。毎年当たり前のように咲く桜の花も、きっと様々な状況をくぐり抜けてきたんだろうなあと思うと、咲いてくれることにありがたいような、愛おしいような気持ちになる。こういうことを感じるようになった歳なのかなあとも思う。 今年から始めた企画「walls&bridges」のVol.0を終え、今後のYouTubeでのライブの無料配信の経費を捻出するためにクラウドファンディングを始めた。自分にとってはこれも初めての試みだったが、たくさんの人たちに楽しんでもらえるよ

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Walls&Bridges

年末年始をまたいですっかりnoteの更新が滞ってしまった。新型コロナウィルスの影響で年始から緊急事態宣言の再発出もあり、気持ちが落ち着かない日々が続いているのは僕だけではないと思う。 今年の元旦からYouTubeを始めた。以前からずっと考えてはいたけれど、なにしろはじめの一歩を踏み出すのに時間がかかるタイプなのでなかなか実現出来ずにいたが、背中を強く押してくれたのは友人の作曲家、シンガーソングライター、プロデューサーの成瀬英樹氏(なるちゃんと呼ばせてもらっています)だ。 話

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クリスマスライブについてのお知らせ

新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、25日に予定していた大阪でのクリスマスライブは延期することにしました。毎年恒例になっていたライブができないのは本当に、本当に残念です。 前回の記事でも書いたけれど、この状況下でライブを開催するかどうかはなかなか答えが出せませんでした。 結論から言うと、22日の東京町田まほろ座、26日の名古屋breathでのライブは開催しようと思います。自分にとってライブは不要不急のものではありません。でもこの状況下でみなさんに是非来てくださいとは言え

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こころとからだ

新型コロナウィルス収束の気配が見えない。 もちろん音楽は衣食住に関わるような、失われるとすぐに日常生活に支障をきたすものではないと思う。 しかし僕たちミュージシャンをはじめ、音楽とその実演があることによって収益を得ている会場やスタッフにとって、ライブは生活していくための仕事の柱であって、ライフラインそのものと言ってもいい大切なものだ。存続に関わる問題なので当然だが、ライブハウスや飲食店をはじめとする場所は感染拡大を防ぐためにこれまで以上に尽力していることを実感している。

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コラム、エッセイ

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エッセイ・【本音】

これは以前メールマガジンに時々書いていたエッセイ「ココロノハシ」に加筆修正を加えたものです。ずいぶん前の、まだ開かずの踏切があった頃の下北沢の話です。写真はたぶんその頃のもの。 終電がなくなる時間になっても、まだ下北沢には様々な人たちがいる。 レコーディングスタジオでの仕事が終わってみんなで食事をした帰り道、作業がうまく進んだのでもう少し飲みたい気分だった僕は、一番街の手前にある友達のbarに寄っていこうと思って駅の方向に向かって歩き始めた。 そんなに広くはない下北沢南口商

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目は口ほどにものをいう

「視線」というのはよく曲のタイトルや歌詞の中にも出てくる言葉だ。 僕は今「だいじょうぶ、父さんも生まれたて」という育児ノートを連載しているのだけれど、抱っこ紐やおんぶについて考え(過ぎ)ていた中で偶然出会った「共視論」という本を読んだことで、人間の目というのは動物の中では極めて特徴的な進化をしたものであるという説を知った。そしてこの本の編者は北山修さんという精神科医であり、誰もが知る名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」「さらば恋人」などの作者でもあるミュージシャンだ。 動物

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現実逃避料理・炒飯

これは以前メールマガジンに時々書いていたエッセイ「ココロノハシ」に加筆修正を加えたものです。メールマガジンに登録してくれていた方以外には公開していなかったので、ここに載せてみようと思います。料理は僕の趣味でもあり、仕事に煮詰まったときの現実逃避の手段でもありました。興味のある方、良かったら召し上がれ。 おいしい炒飯、それは簡単で難しい。作り方にこだわりを持っている人はかなり多く、火力の強さや鍋の振り方などにいろいろな意見がある。 なぜ炒飯がそんなにも人の心を魅きつけるのか

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偶然の再会

確か19歳の夏、アルバイトをしたお金で新しいレコードプレーヤーを買った。新しいといっても安い中古のもので、どこかの古道具屋で見つけたものだったと思う。 他にも欲しい機材を買うために、巨大な駅の地下駐車場にあるレンタカー会社で、しばらく毎日朝から晩まで働いた。最寄りの駅から壮絶な朝の通勤電車に押し込まれ、半分宙に浮きながら通うのは大変だったが、子供の頃から車が好きだったので自動車電話(当時の最先端)付きの高級セダンや、小型トラックやマイクロバスまで、何でも運転することが出来た

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Blueflowers-青のない国-歌詞

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