Tdocの集合体r01

モバイル通信の標準化プロジェクト3GPP 5G標準化動向をマクロにみる  ―その1-3つの技術研究グループの5G検討期間における活動状況

・3GPPの動向を提案された技術文書数から定量的に観察することを試みた
-その1- 各技術研究グループ(TSG)の活動状況
-その2-4Gと5Gでの各国のアクティビティの変化
-その3-日本国籍プレーヤの存在感や特徴
-その4-提案された技術文書数で見るファーウエイの存在感
・-その1-の要約
無線アクセス技術に関するTSG RANでの活動が最も活発だが、サービス・アーキテクチャのTSG SAも活発化している

1.はじめに

 今年の通信ビジネスの大きなトピックとして、第5世代モバイル通信技術「5G」の実用化がある。『「5G」によって私たちの生活が激変する』というような記事も多く見られる。もっとも、それはいささかオーバーな表現だろう。なぜなら「5G」の能力をフルに発揮するためには「4G」とは違う周波数帯の電波の導入が必要であり、そのためには新たな基地局、新たなアンテナ等の通信設備導入が必要となる。したがって、私たちの生活圏全体が「5G」でカバーされるようになるには相応の時間が必要であり、「明日から世界が突然変わる」というものではない。
 ところで、5Gの話題性の大きさの割には、5Gで使われる技術の「標準化の検討の場」である3GPPというプロジェクトについては一般にはあまり知られていない。もちろん、「3GPPというプロジェクトは何か」について紹介している記事は多いし、そこで検討されている「技術の内容」もドコモ技術ジャーナル等で詳しく紹介されている。
 しかし、3GPPではどこの国のどんな企業がどの程度活発に活動しているか、それらの活動の変遷はどうか、などをマクロ的な観点で定量化した情報は意外に乏しい。実際、5G以前についても3GPPでの検討状況についての全般的な調査・分析を扱ったレポートはあまり存在しないように思われる(5.X参照)。
それは、3GPP自身が、技術情報はすべて公開しているが自分たちの活動をマクロなレベルの情報として公開することには価値を見出していないからであろう。もっとも、3GPPの活動目的から見ればこれは極めて自然なことではある。
 私たちは、3GPPにおける検討状況の推移に興味を持ち、Webサイト上に公開された情報から継続的なウォッチングをするためのツールの整備を行った。個々の会合から得られるのは、技術要素の検討状況であり、それが重要なことに疑いはない。一方で、3GPPの会合のすべてを俯瞰した統計的な数値や、1年間で10万件にも及ぶ技術文書に現れるキーワードの量などに着目すれば、これはこれで結構なビッグデータなのも事実である。これを分析して得られる知見の中には、皆さんの役に立つ情報も含まれているのではないかと考えている。そこで、ここでは、その結果をもとに3GPPで見られる各国の企業・団体のマクロな動きについて述べてみたい。

 モバイル通信の技術の標準化を進める国際プロジェクト「3GPP」では、2018年6月14日に開催された総会(3GPP Plenary)において、第5世代のモバイル無線通信システム「5G」の標準仕様として、リリース15の内容が合意された。“リリース”とは3GPPによって決められる通信標準のバージョンのようなものである。リリース15で5Gの骨格が標準化された訳で、2019年末に予定されているリリース16で5Gの詳細が決められることになっている。
 今回策定された仕様は、「高速大容量」「低遅延」「多端末接続」という第5世代のモバイル通信に必要な条件を満たす仕様として、「5G NR(New Radio)」についての検討が進められてきたものだ。
 今回のレポートでは、3GPPのアクティビティを客観的に眺める手法の一つとして、5Gの検討が本格化した2015年から2018年までに3GPPに提案された、およそ30万件の技術文書(Tdoc:Technical document)について、提案状況についてのマクロな動向を観察する。また、次回には約10年前に検討され、2008年にリリース8として仕様が標準化されたLTEの時期と比較して、世界の、また日本の企業のアクティビティはどう変化したのか、について分析してみたい。3GPPでの検討活動への貢献度は今後の日本企業モバイル通信に関する活動状況を知る一助にもなりうる。

2.3GPPにおける5Gの検討の進め方と技術文書
<2015年以降に提出された技術文書だけで30万件以上にも上る3GPP Technical Document(Tdoc)>

 5Gの標準化活動は3GPPで行われており、技術検討は参加者が提出するTechnical Document(Tdoc)と呼ばれる技術文書に基づいて行われる。
Tdocは、参加者からの提出文書だけでなく、議長、事務局からの議事録・連絡文書、ラポータと呼ばれる作業項目(Work Item:WI)ごとに標準案をとりまとめる役割を担うメンバーからの提出文書等を含む。
 3GPPの作業部会の各会合では、平均で700件以上の技術文書が寄せられている。ちなみに、2015年から2018年までに、フェースツーフェースの会合だけでも全体で約400会合が開催され、そこに提出された技術文書の総数は全体で32万件を超える。
 3GPPの運営は基本的にオープンなものであり、これらの技術文書(Tdoc)はネット上に全て公開されており、誰でもアクセス可能である。しかし、これらの文書は膨大な量であるだけでなく、資料はすべてZIPファイルとして圧縮形式で公開されており、ビッグデータとして活用・分析するには、3GPPに関するある程度の知識が必要となる。私たちはこれらの文書のほとんどをダウンロードし、利用可能な状態にした。以下にはその結果得られたデータベースから読み取れることができる情報についてその概要を示す。

第1章 3GPP技術文書(Tdoc)件数推移で見る3GPPにおける5G標準化のアクティビティ
 ~3つの技術研究グループ(TSG)への提出文書数の推移~


 まず、5Gの検討が本格化した2015年以降の3GPPの各標準化検討グループ(TSG)への技術文書(Tdoc)の提出状況の推移について見る。

1.1 3GPPの各TSGでのアクティビティ 

 現在、3GPPには、表1に示すように、RAN、SA、CTの3つの技術研究グループ(TSG)とその配下に16の作業部会(WG)がある。これらのTSGやWGの標準化活動の活動は、参加者がそこへ提出する技術文書の件数により、おおよその傾向を読み取ることができる。
これらの技術研究グループ(TSG)と作業部会(WG)の構成は表1のようなものである。技術用語が含まれているため、原文のままで示しておく。

図1にRAN、SA、CTのそれぞれのTSGに、2015年から2018年までに提案された技術文書の提案状況を示す。

 RAN(Radio Area Network)は、移動体無線通信の中核をなす無線アクセス技術の標準仕様の検討を行っているTSGで、提出された技術文書数も最も多い。SA(Service & Systems Aspects )、CT(Core Network & Terminals)と比較しても、RANの提案件数の多さは際立っており、やはりRANが現在の3GPPの標準化の検討の中心的存在であることが分かる。5Gの検討が本格的に開始された2015年以降で技術文書の提出件数は2倍以上に増加している。
 しかし、昨年のリリース15の成立による影響か、RANへの提案件数にはやや頭打ち傾向が見られる。一方で、SAやCTは引き続き文書数が増加する傾向が読み取れる。これはアクセス系の検討の進展を受けて、サービスやコアネットワークの検討が本格化しているものと考えられる。

1.2 TSG RANの活動状況

 図2に無線アクセス系の研究グループであるTSG RANの各WGにおける2015年から2018年までの技術文書の提出状況を示す。
 5GではMassive MIMOやビームフォーミング、ヘテロジニアスネットワークなど、無線通信技術の革新が必要とされることから、これまでは無線の物理層の検討を行うRAN1の活動が最も活発だった。2018年に入って、RAN1への寄書の提案数には多少減少傾向が見られる一方で、上位層の検討を行うRAN2、パフォーマンスやプロトコルの検討を行うRAN4などが活発化していることが分かる。

1.3 TSG SAの活動状況

 従来、3GPPの中ではTSG RANの活発な活動が目立っていたが、様々なユースケースを重視する点を特徴とする5Gの進展とともに、TSG SA(Service & Systems Aspects)の活動も活発化している。特に、近年アーキテクチャを検討するWGであるSA2の活動が特に活発になっている。また、文書の提出者を詳細にみると、これまでになかった変化として、従来からの主な提案者であるの通信業者、通信機器業者に加えて、少ないながらも自動車メーカ等の異業種からの参加も見られるようになったことも特徴的である。

1.4 TSG CTの活動状況

 TSG CTは主としてコアネットワークについて検討を進めており、TSG RANやTSG SAと比較する地味な存在であった。しかし、2018年になってRANやSAでの検討の進展に伴い、単一のアクセス網から複数のコアネットワークへのアクセスを可能にするためのネットワーク間のインタフェースを検討するCT1や、ネットワークスライシングやAAA機能を検討するCT4が活発化している。

1.5 補足説明

1.5.1 3GPPに関するこれまでの情報
 3GPPの動向に関する報告は多数ある。しかし、その多くは5G等の技術動向の解説であり、3GPPでの活動の活発さやプレーヤに注目したものはあまりない。

(1) 3GPPに関する定量性のある記事
数少ない例としては、以下のようなものがある。WG議長を務めるNTTドコモの永田氏による報告がある。
3GPP参加者数に見るアジアの台頭と産業の多様化 
特許庁による特許出願技術動向調査では3GPPが良く取り上げられている。
3GPPへの技術文書の提出状況について国別に整理している文献としては
平成23年度特許出願技術動向調査報告書(概要)
上記文献のエッセンスをまとめた特技懇誌の記事
携帯高速通信技術(LTE)
平成29年度特許出願技術動向調査 MIMO技術
などがある。

(2) 3GPPに関するこれまでの記事の持つ傾向と懸念
 他にも3GPPで検討されている技術の動向について解説した記事は多数あるが、これまでの記事は無線アクセス技術を扱っているTSG RANに集中しており、特にその中で物理層を検討しているRAN1に焦点を当てたものが多い。
しかし、LTEまでと異なり、5Gでは開発当初から「ユースケース」の重視を標榜しているように、物理層の実現は当然のこととして、それをどのように活用するかにも重点があり、上位層やネットワークやシステムのアーキテクチャに関する議論の状況の把握が重要性が増すものと想定される。
 つまり、これまでの観点だけではモバイル通信の趨勢が把握できなくなるのではないかという点が懸念される。今後はRAN1だけでなく、上位層を扱うRAN2やプロトコル、パフォーマンスを扱うRAN4を含めたTSG RAN全体、さらには、サービスやアーキテクチャを扱うTSG SA、ネットワークスライシングやセキュリティに関しては TSG CT をも考慮に入れながら、3GPP全体での各国、各企業の動向を俯瞰してい行くことの重要性が増していくものと考えられる。

1.5.2 「3GPP」の動向に関する定量的な調査・分析の意味
 3GPPにおける技術的な検討の詳細については、技術文書やそれによる議論の内容を理解する必要がある。しかし、技術文書の提出件数という統計的な情報を読み取ることによっても、参加企業・機関がどのような作業項目に対してどの程度のアクティブに活動しているかについての時間的推移を観察することができ、全体的なマクロな動向の把握にはむしろこの方法の方が有利な点も多いものと考えられる。その意味では、3GPP技術文書全体のキーワード検索等も考慮に入れる必要があるかもしれない。

1.5.3 「3GPP」における5G標準化活動と5GPPPの関係
 第三世代以降の移動体無線通信の標準化活動は、ETSI(欧州電気通信標準化協会)、ARIB(電波産業会、日本)等の各国の標準化団体により設立された仕様検討プロジェクトである3GPPにて行われている。なお、3GPPと似た呼称の活動主体として5GPPPがある。5GPPPは3GPPで決定される5G標準仕様を用いて構築される5G移動体通信網の活用方法を検討することを目的とした欧州の官民パートナーシッププロジェクトであり、5Gの仕様を検討する場ではない点に注意する必要がある。

1.5.4 使用した数値の精度について
 図1から図4のグラフのデータは3GPPで公開されている各会合に提出された文書の数に基づいている。同一の会合の中に事務的な理由等による文書番号の欠落や文書の取り下げが存在することがあり、それらによる多少の誤差が紛れ込む点はご理解を願いたい。ただし、これらにより見込まれる誤差は数%以内であり、上に示したグラフの趨勢に影響を及ぼすことはないと考えている。

1.5.5 本文中に使用した略語
3GPP  3rd Generation Partnership Project
AAA  Authentication、Authorization、Accounting
CT  Core Network & Terminals
RAN  Radio Access Network
SA  Service & Systems Aspects
Tdoc  Technical Documents
TSG  Technical Study Group
WG  Working Group

次回-その2-では、LTE検討時期(2008)年と5G検討時期(2017年)について3GPPにおける各国企業のアクティビティについて比較してみる。

また、ーその3ーでは日本国籍企業にみられる特徴について考える。

追記
余談だが、3GPPの技術文書はすべてWeb上に公開されているので、誰でもアクセスすることが出来る。ただし、それらはすべて会合単位のフォルダに分かれているので、特定の文書を閲覧しようとすると、まずその技術文書がどの会合に含まれているかを知る必要がある。また、これらの技術文書はweb上ではZIP形式で圧縮されているので、1会合分の文書を一括して見やすい形で入手しようとすると「ZIPファイルのダウンロード(技術文書数だけ繰り返し)→ZIP解凍(技術文書数だけ繰り返し)→ファイル名の調整」が必要となる。作業グループごとに流儀の違いもあり、1年で10万件あまりの技術文書が提出されることを考慮すると、これはなかなか手間と知識の必要な作業である。
 私たちのグループではこのような「ファイルのダウンロードから文書番号単位のファイル名に整理してデータベースのような形への整理まで」を効率的に行うノウハウを有している。本ページ末の欄外にある「クリエータへのお問い合わせ」によりご連絡いただければ、上の課題についてのご協力について相談できる。


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