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「ああ、なるほど……」 21.8.26

個人として面倒な人は苦手(≒嫌い)だが、創作者に限って言えば、性格はあまり関係ない。
面倒であればあるほど創作能力が高いのかと思っていた時期もあったが、意外にそうでもなさそうな気が。
もし、この推論が正しければ、性格が悪い人は全員名文家ということになるし。

たまたま虫の居所が悪かったり、考え方の違いで攻撃され、それを全部相手(被害者)のせいにされてはたまったものではない。
結果、ネットでよく見られる光景のように、誰も謝罪せず何も解決しないまま、終わることがほとんどだが、理不尽――これも個人の感覚ではあるが――を通したら、それを認めることになってしまうので、

書く。

わりと長期にわたって。
言わないで後悔するほうがよっぽど嫌だし。


ツイッターにしてもブログにしても、「言わなければよかった」と思ったことはない。
自分が言ってることがすべて正しいというわけではなく、それも含めて自分なので。
ただ、心の中では(言い過ぎたかな……)と思うことはないわけではない。

不思議なもので、放言に近いつぶやきにはこれといって反応はなく――いつものことだが――、ある程度注意を払って書いたつぶやきのほうが、アレになってしまうことも。
わざわざ他人に食ってかかって来る方は、自身のお考えには相当な自信がおありと目されるが、他のつぶやきをさかのぼって拝見してみると、やはり過去に同じように不快な感情を他者にもろにぶつけていたり、感情の赴くまま汚い言葉をお使いになっているのを見て、「ああ、なるほど……」と思う。

「なるほど」と思う、と言っただけだが。

……誰に?(言い訳を)


このつぷやきは例によって平常心で書いたものであり、副反応は 一 切 関係ない。

単に自分が損をしたり、嫌われたりするだけである。
具体的には、フォロワーが増えないとか、おめコメをいただけないとか、作品が売れないとか。

昔からこうであり、他人と友達になれる機会を何度となく失っている。
ただ、50を過ぎてからは、「この先を書かない」分別は身に付けるようになった。

逆に言うと、50代(前半)程度では、この程度のことは平気で書く。

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