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『幕末太陽傳』フランキー堺が居残り佐平次を見事に演じる昭和32年公開の大傑作

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時は文久2年(1862年)明治が始まるまであと6年の幕末、品川に実在した遊郭を舞台にした群像劇。フランキー堺演じる佐平次が仲間を連れて飲めや歌えやの大騒ぎをするところから物語が始まる。夜通し遊んだあくる朝。日が昇る前に佐平次は仲間を送り出し、自分だけが遊郭に残る。そしてあれやこれやと言い訳して勘定を先延ばしにするが、最後には番頭から”居残り”を命じられてしまう。居残りとは代金の払えなかった客を、身内が金を持ってくるまで軟禁した習慣を指すようだ。

遊郭で無銭飲食をしたあげく居残りになった佐平次。しかしこの男はただの居残りではない。注文取りから御膳の上げ下げ、客の出迎えなど雑用仕事を見事にこなす。さらには女郎と客の揉め事に至るまで、遊郭で起きるトラブルを次々と解決していく。いつしか佐平次は「いのさん」と呼ばれて遊郭に欠かせない存在となっていく。

物語は落語の「居残り佐平次」を中心に「品川心中」「三枚起請」「お見立て」のエピソードを一つの遊郭で起きた出来事へとアレンジている。落語の映画化と言ってしまえば簡単だが、それぞれに独立した噺を群像劇に仕上げるのは並大抵のことではない。品川に実在した遊郭「相模屋」を正面から、上から、下から、後ろからとセットを組んで撮られたカメラワークにも感心する。映画を見終わると遊郭の間取りが頭の中に想像できるようになっている。

この映画が公開された昭和32年。一般社団法人落語協会会長に五代目古今亭志ん生が就任した年であり、戦後における落語の黄金期と呼ばれる時代と重なる。落語が庶民に広く楽しまれていたのだから、観客は説明なしに落語の前提知識を共有していたと考えられる。物語に織り込まれた落語の要素をすんなりと受け止められたはずだ。(※2020年に初めて見る観客にWikipediaは欠かせない)

なんと言ってもフランキー堺の演技には驚くばかり。おとぼけ能天気な居残りかと思いきや頭の切れること。口達者で人の懐に入るのがうまい。敵対する者ですら彼の人間力に惹かれてしまう。しかしこちらから近づいて親密になろうとすると一定の距離を保とうとする。女郎に言い寄られても決して彼女たちを抱こうとはしない。愛されキャラでありながらもどこか自分を冷めた目でに見ている節がある。どんな名人の落語でも描かれない佐平次の多面性を見事に演じている。

脇を固める俳優陣も昭和の名優が揃っている。石原裕次郎・南田洋子・岡田真澄・小林旭・菅井きん・小沢昭一。彼らの晩年の姿しか知らない世代にとっては、若かりし頃の名優たちの姿はとても新鮮に見えるだろう。

本作は日活100周年を記念してデジタル修復版がリイシューされている。『幕末太陽傳』を見てから落語を見る。あるいは落語を見てから『幕末太陽傳』を見る。そうやって何度も繰り返し見ることで物語がさらに立体的に見えてくる。60年以上前の映画だが全く色褪せない素晴らしい作品だった。

タイトル:幕末太陽傳 監督:川島雄三(1957年)


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