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トロツキーに父の背中を見る

Netflix『トロツキー』(2017年製作、全8話)

旧ソ連の政治家、革命家、レフ・トロツキー(1879-1940)の生涯を描いた伝記ドラマ。正直なところ旧ソ連の歴史には疎く理解できるのか不安だったが、結局は一気に見てしまった。

一人の若き政治犯(ユダヤ人)が雄弁さと知性を駆使して歴史的な革命家へと変わっていく。権力の中枢における腹のさぐりあい。時に強硬に、時に妥協し、時に粛清し。日を追うごとに冷酷になっていくトロツキー。そして最後には失脚してロシアの地を追われ南米メキシコへと亡命する。

後半でトロツキーは自分に歯向かう人間を超法規的な方法で次々と粛清していく。その姿は狂気としか言いようがない。あまりにも自己中心的。そして部下の妻でも平気で寝取る。彼の政策でどれだけの人命が奪われたのだろうか。どれだけの人生が狂わされたのだろうか。ドラマの中で描かれない部分も考えると想像を絶する。

この作品はメキシコで亡命中のトロツキーとそこを訪れるスターリン信奉者の青年記者との対話という形で進行する。全体的に暗い画面のロシアと対象的にメキシコでは鮮やかな色合いが目立つ。亡命後のトロツキーはのうのうと生き延びている。話がうますぎるのではないか。そう思えたのは最初だけだった。

革命と権力闘争に身を投じる中で、トロツキーと自分の子どもたちの間に決定的な亀裂が生じる。

1917年10月25日。前妻との間に生まれた下の娘が群衆の将棋倒しに巻き込まれ生死の境をさまよう。妻や他の子どもたちはそばに居てくれるよう求めるものの、トロツキーは仕事へ向かう。彼の主導する軍事革命委員会は次々とペトログラードの印刷所、電信局、通信社などの要所を制圧。ロシアを社会主義国家へと進ませる大きな一歩となった。後に10月革命と知られる出来事の重要な局面だった。

大仕事を終えて帰宅するトロツキー。伏せる娘の寝室へと向かう顔は既に父親に戻っている。

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妻と子どもたちの冷たい視線。息子は父親に気付くと立ち上がって扉を閉じてしまう。トロツキーが扉をこじ開けることはなかった。仕事に全てを差し出してきた父が大きな代償を支払うことになった瞬間だ。

不幸なことにトロツキーは前妻・後妻の間にもうけた娘二人・息子二人と死別している。

死因は病死・自殺・処刑・暗殺。

仕事一筋の父親が家族との関係に問題を抱える。洋の東西を問わずよくある話だが、ここまで悲惨な物語を他に知らない。そしてこの物語は紛れもない歴史上の事実。輪をかけて救いようがない。

トロツキーの生涯を通して、ロシアが社会主義国家へと突き進んでいく20世紀の歴史を読み解く大河ドラマ。なおかつ一人の夫として、父親としての悲劇もテーマである素晴らしい作品だった。

メキシコ亡命後、トロツキーは画家のフリーダ・カーロと不倫関係になる。彼の自宅をフリーダが訪れているときは本妻が席を外すぐらいのおおっぴらな関係。フリーダの夫、ディエゴ・リベラの性に奔放なライフスタイルはあまりにも有名だ。かつてディエゴの「セックスは放尿と同じ」という発言が世界ふしぎ発見で紹介された際、「まあ酷い!」と黒柳徹子がワイプで叫んだのは忘れられない。しかし彼の存在は本筋ではないので最小限に留められている。

個人的には本作のフリーダ役が助演優秀賞。青年記者とセックスの後、まるで他人事のように自分の身に起きた悲劇を話す。

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「バスのレールに処女を奪われた」というセリフは彼女の実際の発言に基づいているようだ。

フリーダを演じたViktoriia PoltorakのInstagram。素顔とのギャップに高い演技力を感じる。

この作品を語る上でトロツキーの妻、ナタリアを演じたOlga Sutulovaは欠かせない。パリの社交界でデカダンな暮らしを送りながら、トロツキーに魅せられて革命へと身を投じていく。夫の冷酷さを一番近い場所で見ていながら、最期の時まで寄り添う姿はまさに献身的としか言いようがない。

夫のイェフゲニー・スタヒキンも俳優業。『トロツキー』の劇中でスターリンを演じていた彼だった。

もちろん一番すごいのは力強くトロツキー役を演じたKonstantin Khabensky。2017年当時、妻役を演じたオルガと一緒にトーク番組に出演している。ロシア語→英語の自動翻訳があまりにも機能不全で絶句したが、特殊メイクが大変だったことだけは解読できた。

韓流や華流ドラマの次は露流。

Netflixが買い付ける海外ドラマに今後も目が離せない。


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