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マッサージを卒業した日。

マッサージをやめた。
だけどまだ、心のどこかには『もしかしたら、まだマッサージできるんじゃないかな?』と期待したくなる自分がいた。

写真撮影をしながら、自分の中に何とも言えない感情が湧いてるのを感じた。
撮影のために体に触れた瞬間、『もっと触れたい』が生まれて。
『わたし、またマッサージできるんじゃないかな?』と期待したんだと思う。

『マッサージやめたし…』
『話すことをしていこうって決めたし…』
『ヒーリングをすることはあっても、マッサージは違うって思ったし…』

…だけど、マッサージしてるのをみた瞬間、すごく複雑な気持ちになった。
『私の方がもっと〜できるのに…』だったのかな?
『私なら、〜して緩めるなぁ』みたいな感覚だったのかな?
ただ純粋に触れたかったのかな?

自分でも、よくわからない。
ただ、私の心の中にはまだマッサージが残っていて。まだ捨てきれないものがあるんだなって思った。

※※

私はずっと、自分のマッサージに自信がなかった。

私にとって最高のマッサージだと思ってる。
…けど、それが誰にとっても最高とは限らない。
私よりもっと上手な人・知識のある人はたくさんいる。

それに、私のマッサージは純粋なマッサージじゃなかった。
ヒーリングや直感的に話すことが含まれていて…、求めるものも人それぞれだった。

私はずっとわからなかった。
私がやってることが純粋なマッサージなのか、ヒーリングなのか。
いや、きっと純粋なマッサージだったことは一度もない。
目えないものを否定して、ただ純粋にマッサージをしていた頃でさえ、お客様はヒーリングだと言ってた。

私はただの一度も純粋なマッサージをしたことがないのだと思っていて。
だから、私の「マッサージ」の部分にちゃんと価値があるのかが不安で、自信が持てなかったんだと思う。

きっと、そんな私に生まれた感情は『もっと見てほしい』だった。
『私の方がもっと上手にマッサージできるんだよ!見て!』だったんだ思う。

※※

自分の原動力に気づいて…、『今の私なら、もしかしたらマッサージできるんじゃない?楽しめるんじゃない??』と思った。

久しぶりに、体に触れる。

そこで感じたのは『こわい』だった。
マッサージをすることがこわくて、身体を触ってた。
「先にヒーリングするね」となぜかヒーリングした。

ヒーリングは楽しかった。
けど、マッサージするのはこわかった。

ヒーリングしている時に湧き上がっていた熱。
マッサージを始めた瞬間、スンッとした。何も感じない。何もない。形だけの空っぽのマッサージと、空っぽの私。

『マッサージは違うんだ』って。
『やっぱりマッサージはできないんだ』って改めて思った。

きっと、ただのマッサージならできる。
けど、心のこもることのない空っぽのマッサージをやりたくないなって。

「卒業」と言われた時、『あぁ、そうか』って。

私は10年以上もの間、マッサージするのが大好きだった。セラピストで居続けたいと思ってた。これが天職なんだと信じてた。

今まで生きてきた中で、こんなに情熱を持って、夢中になったことはなかったような気がした。
大好きで大好きで、楽しくて。
時には悩んで、もがきながら頑張ったりもして。

いろんなことがあった。
大好きだった。今でも大好き。もっともっとずっと一緒にいたい。まだまだマッサージを続けていたい。

…それでも、卒業の時が来た。

もしも大嫌いになって決別するなら、こんな気持ちにはならなかったと思う。
だけど、あんなに情熱を傾けたものは今までになかったから。
自分の人生を賭ける覚悟をしてたから。
おばあちゃんになっても、生涯現役で続けると思ってたから。
マッサージをやめる時が来るなんて思ってなかったから。
今でも、すごくすごく大好きだから。

別れるのが…。
だけど、私がわたしらしく生きていくために、次のステージに進むために、自分の人生を楽しむために、わたしの心地よさを大切にするために。
「卒業」の時なんだなって。

あの日、屋上で星を見ながら、語り合いって飲んだワインは最高だったなって。


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