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第5信 石巻の中世世界

 拝啓 残暑の候、いかがお過ごしでしょうか。今回は常設展の中世を紹介します。中世とは、鎌倉~戦国時代を指し、朝廷や貴族が政権の中心を担った古代とは異なり、武士政権が樹立し、中央の幕府に連なりながら、各地方を現地に土着した武士たちが治めた時代です。石巻の中世世界を、展示資料を紹介しながら、ひもといてみましょう。

中世石巻の三大領主

 源頼朝が平泉の藤原氏を滅ぼした文治5年(1189)奥州合戦の後、関東の御家人たちは東北地方に土地を与えられました。彼らは、本領から離れた遠隔地の土地を経営すべく、一族や代官を現地に派遣しましたが、やがて現地に土着する者たちも現れます。

中世「武士の進出と石巻」全体

 石巻の場合、牡鹿郡の葛西氏、桃生郡の山内首藤氏、深谷保の長江氏らが鎌倉時代後半から南北朝時代にかけて移り住んできました。テーマ展示「中世石巻の三大領主」では、3台の展示ケースを用いて、それぞれの領主に関連する古文書や史跡を紹介しています。例えば、元亨4年(1324)に山内首藤時業ときなりの女子である尼いくわんが養子新熊鶴丸に土地を譲った譲状(複製)には、桃生吉野村・鹿又・下須江(石巻市飯野・鹿又・須江)の地名がみえ、大永4年(1525)に比定される細川高国書状(複製)には、葛西晴重が室町幕府将軍から陸奥守の官職を得た御礼として、石巻から使者を上洛させたことが確認できます。

葛西氏と石巻

 とりわけ注目されるのは、葛西氏と石巻とのつながりです。奥州総奉行をつとめた葛西氏は、藤原氏滅亡後、その旧領と北上川河口の牡鹿郡を併せた陸奥国五郡二保を獲得し、鎌倉時代には本領下総しもうさ国葛西御厨みくりやに本拠を置き、自身は鎌倉に出仕しながら、一族や代官を現地へ派遣し領地経営を進めました。

 石巻には南北朝期に下向したものと考えられ、多福院(石巻市湊)には興国3年(1342)以降、葛西氏一族を供養した板碑(石製の卒塔婆で供養塔)が出現します。展示室には興国3年銘の葛西清明の三十五日供養板碑、永享4年(1432)銘の葛西満良三十三回忌供養板碑の複製を展示しています。

展示工事で新たに制作した板碑の複製

 葛西氏は、永正合戦と呼ばれる山内首藤氏との抗争を経て桃生郡を手中に収め、十六世紀前半には宮城県中部から北上川北部の沿岸部に至る広域な領域を治めるようになります。その後、天文年間(1532―55)には石巻から登米郡寺池城に拠点を移した後も、依然として石巻地方に勢力を保ちました。

 戦国時代の葛西晴胤・晴信に関する古文書の複製を展示しているほか、体験展示には葛西晴信と伊達政宗の黒印スタンプを押せるコーナーがあります。実際に使用した黒印を、館蔵資料から原寸大でスタンプ化したものです。来館記念にぜひ!

体験展示の黒印スタンプ。右手前は葛西晴信、左奥は伊達政宗

市内の城館と板碑

 身近な中世の文化財である城館跡や板碑も市内に点在しています。中世城館跡は110か所以上、板碑は二千基以上所在しており、中世の名残りをいまに伝えています。これらについては、板碑の原資料と複製、城館跡の縄張図に加えて、映像コンテンツを用意し、視覚から捉えられる展示を心がけています。

 ただし、博物館で扱う展示は、石巻の歴史のほんの一握り。現地へ足を運び、実際に目で見ることが歴史を理解する上では大切です。

板碑展示。左2基は多福院に立つ葛西一族の供養板碑の複製… 左2基は多福院に立つ葛西一族の供養板碑の複製。そのほかは原資料であり、鹿妻専称廃寺板碑群、長塩谷板碑群(種子に金箔を貼った金装板碑)などを展示している。

県内屈指の板碑密集地

 現地に立つ板碑の魅力を紹介しましょう。二千基を超える石巻の板碑は、宮城県内で最も造立数が多く(県全体の約三割)、石巻市三輪田高徳寺に保管されている県内最古の文応元年(1260)銘の板碑のほか、二番目三番目に古い板碑も市域に所在しています。主な石材は地元産の井内石・雄勝石であること、中央に刻まれる種子(仏を表わす梵字)のバリエーションが他地域に比べ豊富であること、領主の支配領域ごとに地域的特徴がみられることなどがこれまでの調査によって明らかにされてきました。

 鹿妻専称廃寺(現菅原神社)に立つ「南無阿弥陀仏」の六字名号を刻んだ時宗板碑、北境字法華堂に集中する「南無妙法蓮華経」を刻んだ題目板碑、東福田・北境に特徴的にみられる線刻五輪塔板碑は、豊かな板碑文化の存在を示しています。

 そして、全国15例しか確認されていない、梵字を五輪塔に組み上げた双円性海塔板碑は、石巻市域では六例も確認されることも注目です。十四世紀前半から十五世紀前半にかけて、葛西氏・山内首藤氏・長江氏が自身の庇護していた寺院に有力寺院で修業した僧を招き、宗教的指導を推進したことをうかがわせます。
(学芸員・泉田邦彦)

佐藤忠良展… 休館中の宮城県美術館が所蔵する彫刻家佐藤忠良の作品を巡回する企画展。「帽子・夏」のブロンズ像、「大きなかぶ」等の絵本を展示。



石巻市博物館

〒986-0032 石巻市開成1-8(マルホンまきあーとテラス内) ☎0225-98-4831
利用案内
開館時間 9:00~17:00(最終入館16:30)
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日休館)、年末年始(12月28日~1月4日)
入館料  常設展 一般 300円、高校生 200円、小・中学生 100円 

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