見出し画像

刻んだ半世紀 北京大飯店閉店 山本社長「地域に感謝」 6日まで食器類破格で販売

 中国皇宮を思わせる建物で愛された中華料理店「北京大飯店」(山本一弘社長)=石巻市大街道南=が10月31日で53年の歴史に幕を閉じ、閉店した。本場の料理を味わえるだけではなく、3階大ホールはさまざまな催しで利用。東日本大震災時は避難場所として住民を受け入れるなど地域に寄り添い続けた。同店は4日から6日まで店で使っていた食器などを破格で販売しており、時間は午前11時―午後2時。来客からは半世紀以上にわたって石巻に名を刻んだ店の閉店を惜しむ声が聞かれた。

目立つ外観が特長的で地域のランドマークにもなっていた

 同店は昭和44年、同市立町に「寿町北京飯店」として創業。その後、田道町など市内に4店舗を構え、54年に現在の大街道南に集約して3階建ての店を構えた。大きな竜のらせん階段が特長的な外観は市民に愛され、120人収容の3階大ホールは結婚式などにも使われた。1階レストランでは手軽に本場の味が楽しめた。

インタビューに答える山本社長

 震災では1階部分が浸水するも2階以上に約60人の避難者を約1週間受け入れた。その後、山本社長(53)らは避難所となった大街道小学校を訪ね、その場にある食材でさまざまな料理を作った。4月には使える店内の機材をかき集め、店舗で格安のラーメンも販売した。

 復旧後は無人販売や食べ放題企画などで人気を集めたが、施設の老朽化と人手不足、そこにコロナ禍が追い打ちをかけ、閉店を決めた。店は今後、解体を予定している。

閉店を惜しみ、食器を買い求めていた

 3代目となる山本社長は「閉店の告知はしなかったが、多くの惜しむ声があり、愛された店だったことを改めて実感した。幕を閉じることはさびしいが、この地域で半世紀以上やってこられたことに感謝したい」と話していた。

 6日まで食器類やテーブルなどが販売されている。東松島市矢本から来た泉谷ユカさん(49)は「昔、母親に連れられよく来ていて、大人になっても会食で利用することがあった。思い出とともに、食器を普段使いしていきたい」と話していた。【渡邊裕紀】





最後まで記事をお読みいただき、ありがとうございました。皆様から頂くサポートは、さらなる有益なコンテンツの作成に役立たせていきます。引き続き、石巻日日新聞社のコンテンツをお楽しみください。