写真と文章、前向きな逃避について

僕の写真と文章は切り離されている。世の中には両者を組み合わせてた作品がたくさんあるけれど、僕の場合は写真と文章で明確にアプローチの仕方が違っていて、それが一緒になることはない。今のところは。写真だけを撮る時期もあれば、文章だけを書く時期もあり、それは明確に区別されている。けれども、どちらにも共通の目的がある。それは、逃避。この世界は生きているだけでしんどい。子どもたちを置いて逃げ出すこともできない。すきま時間を見計らって一瞬だけ日常から離脱する。自由に生きるシングルファーザーを支える逃避の手段が写真と文章だ。

写真を撮りはじめたのは震災の年だったと記憶している。ふだんは世界に関心を向けることなく、自分自身にフォーカスして生きている。世界は変えられないけれど、自分の行動は変えることができる。そのおかげで、ストレスなく生きてこられた。けれども意識が内に向きすぎて煮詰まってしまうことがある。そんなときには世界に関心を向ける。世界を見るための道具が僕の場合はカメラだった。写真を撮るときには感情をいったん脇に置いて、感情が映り込まないように撮る。だから僕の写真には力がないし、作品としても成立しない。内に向きすぎた意識を外に向けて世界を見るというのが目的なので、それでいいと思っている。

ダイヤルを回してシャッタースピードと絞りを調節する。ファインダーをのぞきながらリングを回してフォーカスを合わせる。息を止める。シャッターボタンを押す。その瞬間、世界は止まる。悩みというのは過去のしがらみだったり将来の不安だったり、今でないどこからかやってくる。その悩みから一時的に逃避するには、現在にフォーカスすることが大切だと思う。唯一コントロールできるのは、現在の行動だ。写真を撮っている間は強制的に現在にフォーカスせざるをえない。ファインダーをのぞいている間は、悩みを忘れられる。そうしてざわつきのない頭で考えると、じつはたいした悩みでないことに気がついたり、悩みを回避する思考方法がみつかったりする。

一方、文章を書くというのは、起こっていることに向きすぎた意識を内に向ける行為だ。これは写真を撮るのとは逆のアプローチでもって現実から逃避する手段となる。それでいて、ただただ書いていると頭が整理されていって、解決策が見つかったりもする。逃避目的または思考の整理目的の文章を誰かに公開することはない。公開することが前提の文章は、最初から読まれることを意識して書く。このときにも写真をとるときと同じで、感情を乗せないようにしているかもしれない。ニュートラルに伝えたいことだけを伝える。だから力のある文章にはならないのだけど、僕の場合は弱っている人に向けて書くことが多いことを考えると、これでもいいんじゃないかと思っている。飄々と生きている自分には感情的な文章は似合わないし、たぶん書くこともできない。

カフェでコーヒーを注文して席に運ぶ。できれば壁を背にして座りたい。席に着いたらスマホのカバーを開かないようにしてインプットを遮断する。キーボードをたたく。手書きよりもキーボードが好きだ。考えることが少なくて済むし、リズムに乗りやすい。頭の中身が文字としてディスプレイに表示されていく。まわりの雑音は気にならない。むしろカフェくらいの騒音があると集中力が増す気がする。思考が外部装置に保存されるにつれて、頭の中が整理されていく。この瞬間は世界から遮断され、しんどい現実やストレスが襲ってくることはない。そういう意味では逃避でもあり、思考の整理という意味では問題解決の手段でもある。感情を乗せずにニュートラルに書くということがその両者にひと役買っているかもしれない。

外の世界を見るための写真と、世界を遮断して内を見つめるための文章。アプローチはまったく逆なのだけど、前向きな逃避という目的は共通している。どちらにも言えることは、意識が現在にフォーカスしているということと、感情をいったん忘れているということだ。これは悩みやストレスの対処としては最善だという気がする。こうして写真や文章と向き合ってきたのだけど、自由に生きていると実感しているいま取り組んでみたいことがある。両者のアプローチを逆転させて歩み寄らせるということだ。心を無にして撮っていた写真に自分の世界観を映し出す。自分の内側だけを書き出していた文章ではなく、世界を見たときの自分の反応を文章にする。フォトグラファー的アプローチであり、エッセイスト的アプローチである。このふたつは世界観というキーワードを触媒として化学反応を起こす。そうすれば作品と呼べるものが生み出せるかもしれない。生きてるだけでしんどいシングルファーザーでもクリエイティブに生きられるのだというメッセージになりはしないだろうか。写真と文章を逃避の手段から世界とつながる手段に昇華させたい。最近はそんなことを考えている。

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