わたしのキャリア選択。その1

こんばんは。

転職して、4日目になります。明日は金曜日。

1週間早いですね。。。

学習塾の室長から大学で行われるキャリア教育の授業や講座の企画や運営をすることになりました。


Facebookの方でこの転職活動、というか大学在籍時からのわたしの進路選択、キャリア選択についてやっとこさ解禁してまして。なんか恐ろしい長文になりそうだったので摘んだのですが。せっかくなので、こちらに加筆修正して再アップ!!



⓪中学生の頃から変わらない夢

中学校の社会科教員になることが夢でした。

中学2年のときの社会科の先生が大好きで。授業めちゃくちゃ速くて大変だったけど、知識が豊富な先生で雑談などでその事象の背景や成り立ちがよくわかった。何より、私たちのためを思って授業してくれていたのが伝わった。学習指導要領変わるから、これもやっておこうねとか。(私はゆとりど真ん中世代なので教科書薄いんです)っていうのが1つ目の理由。学びと社会との接点をいつも提示してくれたわけです。

2つ目はあんまり言ってないですが、担任の先生がすごく良く私のこと理解してくれていまして。だから、私も相手を理解して安心させたいと思うようになりました。



①4年前 なんちゃって就職活動
大学生の頃は教える練習だと思って、塾講師のアルバイトをガチでやってました。単純に楽しかったです。一生懸命向かってくる生徒を全力でサポートしました。

そして、その分のお金も貰えました。

先輩から学んだこともたくさんあったし、同期も良かった。室長も特訓の企画などやらせてくれた。良い場所でした。


そして、そのまま一応試験を受けて、内定をいただくことに。



②3年半前 自惚れた採用試験
教員の夢は時々揺れていました。学校の先生と塾の先生を天秤にかけたとき。塾の方が本気で生徒は向かってこないだろうか。とも思ってました。

それでも大学は4年間で192単位取りました。土曜日まで毎日授業を受けました。周りからは大丈夫だよ!と言われ続けました。何がどうなって、大丈夫なのか今考えれば根拠がないですが(笑)(すみません、、、)それで、私も調子に乗りました。

落ちました。あと10点でした。他の科目なら受かってたんだけどなあ。。。



②試験落ちた。どうしよう!
日本死ね!ではなく。です。

初めて迷いました。大学受験までドストレート(全て推薦)に上がってきてしまったので、初めて進路で悩みました。普段人に聞かず、物事を進めがちな私が色んな人に聞きました。

①非常勤や臨任で教員やる

これは介助員で働いていた実習校の先生方、ゼミの先生のオススメ。


②大学に籍を残して次の年再チャレンジ

これはなんとなく思いついた。ただ、塾のアルバイトしたくて、学生でいたかっただけですね。


③大学院にいくか

これは高校の顧問の先生。なんと退職して、大学院に通われていたので。誘われました(笑)


悩んだ末に取った道は、とりあえず就職しよう!でした。というのも、当時の室長に「新卒は新卒の時しかない」そう言われたからです。そして3年でもう一回社会人枠で教採受けようと考えていました。

あとは、この選択肢だったら、1番安定していて、稼げるかなあという思いもありました。自立したかったんですよね。



③就職!社会人スタート
ちょうど3年前の3月からスタートでした。3年で辞めるのを前提に入社したので、同期と群れても意味ないなと。かわいくない新卒でした。苦笑

講師上がりでもあるので、しかもガチでリーダー講師とかやっていたので、やったことない業務は保護者面談と売上管理くらい。えっこんなことで褒められるの?ないわ。っていう1年間。

今思えばそう思っている時点で成長スピード鈍化するよなあと思います。


でも、やっぱりがんばる生徒たちにトコトン向き合って結果出たときは嬉しかった。私は何よりも生徒たちが学びに対して、将来に対して主体的な発言や行動が見られたとき。これが1番嬉しかったです。



④私は本当に教員になっていいのか。
2年目からは室長になりました。エリア長から教室を引き継いで、一生懸命教室運営に励みました。室長4大任務は、集客、退塾防止、週コマ追加コマアップ、成績向上志望校合格。

エリア長から引き継いだので、目標数値が高かったです。目標が高いとき、それを越えようと無茶するんです私。ストレングスファインダーでも、達成欲が高いので。納得。


結果、心療内科に1度通いました。

片付けられない。覚えられない。不意に泣けてくる。情緒不安定で。


その上で、教員やっている友人の大変そうな姿も見て、私は塾の先生でこれだから、学校の先生なんかやり過ぎて死ぬだろうなと思いました。



◎番外編 吹奏楽とわたし
当初は学校の先生になって、吹奏楽部の顧問になりたいと考えていました。
学校の先生にならない道を選んだので、一般の吹奏楽団に戻る決心をしました。でも、忙しく。土曜日も出勤しないと回らない。だからいつも連れて行ってもらっているという感覚が抜けなかったなと思います。



つづく

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