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ニュールンベルグ裁判

1961年のアカデミー賞作品賞候補作品。


第二次世界大戦後のドイツ、ニュールンベルグ。
戦争に負けたドイツは、戦勝国アメリカに戦争責任を裁かれることになる。
裁判は次々と行われ、ナチス党の幹部や政治家、軍人は極刑に処せられる。
そして、やがて、戦争責任が曖昧な立場の社会の要職者、
元法務大臣にして、元ドイツの裁判官、
ヤニング(バート・ランカスター)たちの順番が巡ってくる。

“ ドイツでは裁判所が定めた法の下、虐殺が行われたと ”


ヤニングは、ワイマール憲法制定に携わった法律家で、
アメリカを含め、世界中の法律家の憧れ。その後に制定された
多くの外国の憲法の模範となったドイツ、ワイマール憲法。
当時、世界で最も民主的な憲法とされ、
第1条では国民主権を規定したワイマール憲法。

しかし、ヤニングたち法律学者は、ヒットラーに迎合し、
ドイツの法律を改変し、無実の大衆を虐待した責任を糾弾される身となる。


裁判の冒頭、アメリカ側、検事のロースンは、
「ヤニングたち法律家は、法を守ったが為に犯罪者になった」と言った。

「被告人は、第三帝国の法律を具現化したのです
 彼らは当時、人を裁く判事でした 
 つまりこの法廷の判事は、被告席にいる判事を裁くことになります
 
 それでいいのです
 判事ならば裁判の本当の意味をご存知でしょう
 裁判所は精神の宿る場所,不正を裁く場所なのです
 ──被告はそれを承知の上で、
 法廷で故意にドイツの正義を歪め、悪用したのです」

「被告人の罪は重大です
 彼らは、ヒトラーが台頭した頃には、すでに成人で
 ──ナチスの教育を受けていないからです」

「第三帝国の観念を成人として受け入れたのだ!
 正義を最も重んじる立場にありながらだ!」


それに対し、若き弁護士ロルフ(マクシミリアン・シェル)は、
「この裁判は、犯罪を暴くことが目的ではなく、
 正義とはなにかをもう一度見直すことであるべきです」と言った。

「“ 良くも悪くも我が故国 ”、
 これはアメリカの愛国者の言葉です、ドイツの愛国者も同じです
 ナチスの言うがままの法を執行すべきだったか?、
 それともせずに、売国者になるべきだったか?、
 それがこの裁判の核心です!

 ──責任の所在を明らかにしていただきたいと思います
 ヤニングのためだけでなく、──ドイツ国民の為に」


裁判は、激論を応酬する序盤の激しい攻防戦から、
証言や理論をまじ合わせる前にも後ろにも進まない平衡戦となる。
弁のたつ、若き弁護士ロルフは、無言を貫くヤニングを必死に守る。


裁判は長引き、アメリカのいち地方判事に過ぎない、
裁判長のヘイウッドはドイツ滞在が長引くようになる。

ヘイウッドはひとりドイツを歩いてみる。
古くからの文化の残る美しい街。
旧市街の露店で、ヘイウッドはソーセージを食す。
隣り合った若い女性と無言にも見つめあい、いい雰囲気で時間を過ごした。
若い女性は食べた後に、なにかひとこと言って去っていった。
「彼女はなんて言ったのかな?」とヘイウッドは店主に訊いた。
「さよなら、おじいちゃん」と言ったのよ。

歴史に裏打ちされた高い文化のあるドイツ。
アメリカの高官は、時々自分の安っぽさにみじめに思うこともあると言う。同様に調べれば調べるほどに素晴らしいヤニングの書いた法律書。

長引く滞在の中に、ヘイウッドは、
貴族の娘である戦争未亡人のベルトホルトと知り合う。
休みの日にヘイウッドは、ベルトホルト夫人とデートを繰り返すが、
気高く、物腰柔らかく、なにより気遣いのできるベルトホルト夫人に、
ヘイウッドは自ら田舎者よろしくの俗物ぶりを恥じるように感じてしまう。

ベルトホルト夫人の主人は、ドイツ軍人の将軍。
ヒトラーの無謀をよくは知り、時には、ヒトラーを怒鳴りつけたが、
その本懐は、いち軍人、忠誠こそが美徳と言った。

ベルホルト夫人は、主人の軍人としての名誉ある死の為に、絞首刑ではなく
銃殺にしてもらうよう何度もアメリカ大使館に哀願したと語った。


豊かな心を持ち、男性も女性も紳士を持ち合わせたドイツ人たち。
映画は、ドイツ人たちの快さや高潔さを非難なく描く中に、
ある一点に疑問が投げかけられる。
──ドイツ中に存在した捕虜収容所。
  ドイツ人たちは、そこでの虐待を知っていたのか?


裁判の均衡を破るように、ある記録映画が放映される。
本物の捕虜収容所が映された映画。
そこには、ドイツ人が、ユダヤ人を虐殺する場面は一切ないが、
何十、何百の死体を無造作にブルドーザーで片付ける映像。
片付けきれず、放置されたままの死体の映像。
殺された後、どこに捨てていいか所在もなくなった眼鏡や靴。

これは、“ 本物の映像 ”


裁判は、捕虜収容所の現実を放映した検事のロースン側に流れが傾く。
しかしここで、若き弁護士ロルフは、別の手を使う。
ある女性の弱みに付け込んで、証言させ、弁護側を優位に導く手段。
──正義と論理より、正々堂々を勝利を勝ち取るのではなく、
  相手の弱みを暴露し、テクニックにより裁判を優位に傾ける技法。


ロルフが、信念ではなく技に走った瞬間。
ここまで、沈黙を守り続けたヤニングが口を開く、すべてが語られる。


裁判の攻防、初老のアメリカ人のドイツ短訪、
そしてヤニングの感情が語られると様々なドラマ・娯楽要素もある映画。
しかし、この映画は実際の戦後・裁判後のすぐ15年後に製作されている。
ドイツ人側に配慮のある美しいドラマは、
実際の裁判の結果を覆い隠すという見方もある。








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普段は会社員をしています。映画のコラムみたいなもの、素人小説などを書いてみます。

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