note用

「似合わない」は幸せの始まり

人は生まれてから死ぬまで変化し続けます。

色んな人が色んなことを言うけれど
そのことだけは真実。

だったら、劣化じゃなくて、進化したい。

肉体が衰えることは止められないなら
他のことで何とかしたい

“MORE BETTER”(もっと)

これって、私たちが生まれたときからプログラミングされている
本能
なんじゃないでしょうか?

資本主義社会で生活しているといつのまにか
その“もっと”が消費と結びつけられます。

自分の“もっと”についてじっくり考えるより先に
誰か別の人が考えて出した結論を
「今必要なのはこれです!」
自信たっぷりに言われてしまう日々。

だったら、頭を悩ますより
たくさんの人が支持しているものを
とりあえず買っておこう。

つい、そうなりがちです。

でも、これって、どんぴしゃ、もあれば
的外れもあり得る。

それと、手に入れた当初は不具合がなくても
自分の変化につれて全くそぐわなくなるということも。


「あれっ、何か違うかも!?」

突然その天啓がやってきたとき
あなただったらどうしますか?


『似合わない服』の著者、山口ミルコさんはその状況をこんなふうに表現されています。

”「似合っていない」とは、誰も教えてくれない。似合わない服を似合う服だと思い過ごし、それがほんとうの自分だと思い込んでしまう状態は、<がん>にそっくりだ。似合っていないかも――?それをどこか心の奥底で気づき、問い合わせしたくなる時が、あるタイミングで訪れる。しかしそれは一瞬のことで、日常のマターをまわしているうちに見失う。また、訪れる。また見失う。それを繰り返すあいだに、<がん>はすすむ。その服が似合わない服であるかぎり、いくらでも服を欲しくなる。そのために散財し、家の中は似合わない服であふれてしまう。いらないものを買うために仕事をするようになる。消費できることが自由であると、思い込まされて、一生かかっても着られない量の服、一生かかっても使い切れない物、だらけの家に住むことになる。
 『似合わない服』山口ミルコ 以下URL内エッセイより抜粋http://www.mishimaga.com/niawanaifuku/004.html


ザワつき、違和感は、まさに虫の知らせ、みたいなもので、気のせい、と打ち消したくなるんですよね。でも、消せない。

こういうときって、変わらなきゃと焦るけれど、実は自分の中では既にかなりの割合が変わってる。
手つかずのところとアンバランスなのを整えようとする働き、言ってみれば、本能の呼び声なわけです。消せないのは当然ですね。

従うか、逆らうか、は自分次第。

でも、こうなったら、今の自分にしっくりくる、程よいバランスまでもっていくことが自然な流れだと思うんです。

自分の心の声に従う、ってやつですね。

「似合わないかも…」
そのモヤモヤこそがあなたを幸せな世界へ導いてくれます。




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