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16.認知症と運転

日本では急速に高齢化が進んでいます。

その結果、必然的に65歳以上の高齢者の中で認知症の人の割合も急増しています。

2012年に約462万人(割合にすると約15%)だったのが、2025年には約700万人(約20%)にまで増加すると推計されています。
 
その中で、全員が認知症の自覚があるとは限りません。

自動車運転などの事故を起こしてしまい、そこで初めて検査を受けて認知症に気付いたという人たちもたくさんいます。

同居の家族でも認知症に気付けないというケースがたくさんあります。
 
最近は高齢のドライバーによる交通事故が増えています。

重大な事故が起きた要因として、認知能力や判断能力、知能の低下などの認知症の症状が関係している場合が多いです。
 
認知症は、1度獲得された知的な機能が、後天的にそして持続的に低下する状態のことをいいます。

現在は日本全国に500~600万人ほどの推定患者がいると言われています。

特に、80歳以上の人では、3分の1の人が認知症を患っていると考えられています。
 
認知症には様々なタイプがあり、それぞれ症状にも差があります。

1番多いのが、アルツハイマー型認知症です。

認知症患者の50~60%が該当すると考えられています。
症状は物忘れから始まり、進行すると能力に全般的な低下が見られるようになります。
家事がうまくできなくなったり、外出ができなくなってしまうなどの日常生活に支障をきたすこともあります。
発症する原因はわかっていませんが、有力な説としては、脳にアミロイド蛋白という物質が蓄積されて発症するではないかと考えられています。
 
次に多いのが、血管性認知症です。

認知症患者の15~20%が該当すると考えられています。
脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などの脳血管疾患をきっかけに発症します。
特に、ラクナ梗塞と呼ばれる、小さな血管に梗塞が生じる病気をきっかけに発症する人が多くいます。
血管性認知症の特徴は、認知機能低下に加えて、人格が変わったように怒りっぽくなったり、イライラしたりといった症状があります。
 
次に多いのが、レビー小体型認知症で、認知症患者の10%程度を占めています。

パーキンソン症状(全身に振戦、固縮、寡動や無動、姿勢反射障害といった運動障害が出ること)、認知の動揺(正常に認知できる時とそうではない時がある状態)、レム睡眠行動障害(夢を見ている時に大声を出す、手足を動かすなど)、ありありとした幻視(詳しい内容を説明できる具体的な幻視)などの症状が見られます。
脳にαシヌレインという異常な蛋白質が蓄積した結果、レビー小体という物質が見られるようになり、脳神経細胞が減少することによって発現すると考えられています。
 
これら3つの他にも、前頭葉と側頭葉が萎縮する前頭側頭型認知症や、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫に起因する認知症もあります。

正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫によって生じる認知症は、これらの病気の治療によって改善します。
 
糖尿病や高血圧といった生活習慣病が認知症のリスクを増加させることもわかっています。

特に糖尿病では、アルツハイマー型認知症や血管性認知症のリスクをそれぞれ2倍にします。

認知症は原因がはっきりしないで予防が難しいものですが、生活習慣の改善は効果的だと考えられます。
 
認知症は進行するにつれて、症状が深刻化し、日常生活の支障が大きくなっていきます。

その為、初期の段階で、家族や周囲の人が異変に気付き、適切な対応をすることが重要になります。

認知症の症状の出方は種類によって異なる場合がありますが、最も多いアルツハイマー型の初期症状を見てみると、
 
・最近の記憶が曖昧である。
・同じことを何度も言う。
・予定を何度も確認する。
・いつも何か探し物をしている。
・家計の管理(お金の管理)ができなくなった。
・買い物の支払いが大雑把になった(細かな小銭を出さなくなった)。
・日付や曜日がわからなくなることがある。
・身だしなみがだらしなくなった(ひげ、髪型、服装など)。
・できないことを取り繕う。
・怒りっぽくなった。
・性格が変わった。
・慣れた作業ができなくなった(家電製品の使用など)。
 
このような状況が見られるようになった場合、認知症が疑われます。

また、物忘れの自覚がなく、記憶の辻褄を合わせようとして話を作ることもあるので、周囲からは嘘をついているように見えてしまう場合もあります。
 
認知症の初期症状には、加齢に伴う物忘れとよく間違われますが、幾つかの違いがあります。
 
認知症の人は、“先週、~をした”という記憶そのものがすっぽり抜けてしまいます。
しかし、本人は忘れているという自覚がないので、取り繕うことや言い訳が多くなります。
また、時間や場所が分からなくなる見当識障害が出る人も多くいて、家の周りなどを徘徊することもあります。
 
一方で、加齢に伴う物忘れの場合は、“先週、~した”のは覚えていますが、“どこでした”、“何をした”といった詳細や体験の一部が抜けやすくなります。
本人には“忘れっぽくなった”という自覚もあります。
その為、大事なことはメモをするなどの対処ができ、日常生活にはほとんど支障をきたさないで済みます。
 
アルツハイマー型や血管性、レビー小体型の認知症にはまだ治療法が見つかっていないのですが、上記の通り、中には治療できる認知症もあるので、治せる認知症を見逃さない為にも、認知症が疑われる場合には、病院で検査を受けることが得策になります。
 
認知症の検査では、問診で生活歴や治療歴などを確認します。

その上で、CTやMRIを使って脳の画像検査や採決検査を行って、最終的な診断を行います。
 
認知症の人は、体験自体は忘れても、感情の記憶は覚えていると言われています。

診察でどんな話をしたか、どんな検査をしたかは覚えていなくても“嫌な思いをした”という感情だけは残ってしまう可能性があります。

何事もそうですが、その方への精神的な負担がないように配慮が必要です。
 
認知症の治療は、一部のタイプを除いては対症療法になります。

認知機能の改善の為の薬や、睡眠障害がある場合には安全な睡眠薬が処方されることもあります。
 
認知症は、現在は治らないものです。

認知症と診断されるとショックを受ける人はたくさんいます。
 
しかし、1度、病院で受診して認知症と診断されることで、今後の見通しが立ちます。

今後の生活に関して、具体的な支援を考えられるようになります。

市町村の地域包括支援センターに相談に行くことや、介護保険サービスの申請をするなど…事が進みます。
 
認知症の人の支援を家族だけですることは、とても大変なことですが、地域のサポートや介護保険のサービスを利用することで、家族の負担もそうですが、本人にとっても結果的には最善の支援が得られるようになると考えられます。
 
その中で一番、気をつけたいのは、人の死に直結する交通事故です。

それも、加害者になってしまうことです。
 
高齢ドライバーの交通事故の要因として多いのは以下の通りです。
 
・脇見や考え事をしていたなどによる発見の遅れ

・相手の予測を見誤った判断の誤り

・ブレーキとアクセルを踏み間違えるなどの操作上の誤り
 
注意力や判断能力の低下などの加齢とともに衰えるもので、交通事故の要因のほとんどが占められています。
 
認知症の人が自動車を運転中に交通事故を起こして人を死傷させたら、刑事責任が発生します。

成立する可能性のある犯罪は“過失運転致死傷罪”と“危険運転致死傷罪”です。
 
“過失運転致死傷罪”は、一般的な人身事故のケースで成立する犯罪です。

脇見運転や前方不注視などの通常程度の過失によって事故を起こした時に成立します。

この場合の刑罰は、7年以下の懲役もしくは禁固または100万円以下の罰金刑です。
 
“危険運転致死傷罪”は、故意とも同視すべき極めて危険な運転によって交通事故を起こし、人を死傷させたら成立します。

危険運転致死傷罪に当たるのは、以下の通りです。
 
・アルコールや薬物の影響で正常に運転できないのに、あえて運転して交通事故を起こした時。

・危険な高スピードで運転した時。

・走行中の車両や歩行者の直前に割り込むなどの極めて危険な方法で運転した時。

・赤信号をことさらに無視するなど非常に危険な方法で運転した時。
 
認知症の場合は、その症状によって判断能力が低下します。

高速道路を逆走したり、交差点に高スピードで突っ込んだりすることで、大きな危険を引き起こすことも少なくありません。

危険運転致死傷罪が成立して極めて厳しい刑罰を適用される可能性もあるので気を付ける必要があります。
 
刑罰としては、負傷させた場合は15年以下の懲役刑、死亡させた場合は1年以上20年以下の懲役刑となります。
 
認知症で知能が大きく低下している場合、刑事裁判で“責任能力がない”と判断される可能性があります。

責任能力とは、刑事責任を負うだけの能力です。

事理弁識能力が完全に失われて、心神喪失状態になっていたら、刑事責任を負わせることができません。

その場合、検察官が不起訴にする可能性が高くなります。

仮に刑事裁判になっても精神鑑定を行って無罪になると考えられます。

ただし、認知症であればすべてのケースで無罪になるわけではありません。

最低限の判断能力が残っていれば処罰されるので、運転しないという決断が求められます。
 
損害賠償の民事責任については、原則として健康な方が起こした事故と変わりはありません。

高額な後遺障害慰謝料や逸失利益も払わないといけません。

物損についても被害弁償が必要です。
 
認知症の人は注意力や集中力も低下して、危険な交通事故を起こすケースが多いので、過失割合を高くされて賠償金が高額になる可能性もあります。
 
任意保険に入っていたら、任意保険会社が支払いをしてくれます。

運転者が認知症であっても対人対物責任保険は適用されます。

認知症が重度の場合、本人に不法行為責任を負うだけの責任能力が認められない可能性があります。

その場合、本人は交通事故によって発生した損害賠償責任を負いません。

ただし、家族に“監督者責任”が発生する可能性があります。

監督者とは、不法行為の責任能力者を監督すべき人です。

未成年者の親や認知症の人の家族などに監督義務が認められます。
 
高齢で認知症になった家族が運転していることを知りながら放置していると、事故が発生した時に家族に責任が生じる可能性が高くあります。

認知症の家族がいる場合、本人が車のキーにアクセスできないように厳重に管理するなどの対策が必要です。
 
認知症になっても気付かないというケースが少なくありません。

免許更新前の高齢者講習に積極的に参加し、必要に応じて免許の返納も検討することも大事になります。

本人が自分から免許を返納することに抵抗感が強い人も多いと思われます。

生活が不便になるからなどの理由で返納を怠っていると、大変な事故に繋がることもあるので、家族や周囲の人も気をつける必要があります。


写真はいつの日か…増毛町の廃線になった日本最北の駅の朽ちた線路を撮影したものです。
 


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