【グッド・オールドファッションド・サツバツナイト #1】

1
重金属酸性雨降りしきるネオサイタマ、今宵もマグロツェッペリンが過剰広告を振りまき、人々に浪費と漫遊を強制する。ネオンサイン広告が夜闇を照らし、喧しい宣伝音声が夜風をズタズタにする。

小洒落たビジネスビルから、顔を火照らせたサラリマンが二人出てきた。そのまま執事と思しき礼装の老人に導かれるままリムジンに乗り込むと、大仰なオジギと別れのアイサツを述べて去っていった。彼らは商談相手に相当な接待を受けたのだ。飲みきれないほどの美味いサケに、目が眩むほどの豪華なスシ、肉、オイランのダンスに、平身低頭する相手社員のなんと多いこと、その規模を老人は知っていたから、リムジンに乗り込んで上機嫌で去るサラリマン二人を見送りながら鼻白んだ。

ビルの中では、接待に参加した上級社員が大きな会議室に移動して飲み直しの宴会を始めていた。会社の規模が向こうの方が大きいと言うだけで、社長を始め全員がペコペコしなければならないのは屈辱であった。それがネオサイタマの流儀であっても、自分より3つ回りは若い奴にここまでしなければならないものか。彼らは部屋を移し、別に注文した高いスシと、飲み残しの美味いサケを啜りながら鬱憤をぶつけ合った。

接待の会場では片付けの前に、平社員達が食べ残しを夕食にしていた。上役でもない彼らが、接待の前に食事などできるはずもない。彼らは接待の相手が帰り、上司が美味いものを平らげて飲み直しに出かけるまで、水一滴すら飲むことを許されない。彼らは上司に聞こえないように愚痴を静かに呟きながら、各々持ち寄った安いサケを呷っていた。後片付けは当然彼らの仕事である。

ビルの外で礼装の老人は、違法浮浪者がビルの明かりに釣られてふらついてくるのを適宜蹴り飛ばしていた。彼らは夕食どころか一日に食にありつけるかどうかさえ定かではない者たちだ。当然無職、収入は法を犯して鉄くず等を換金するか、盗みを働くか、乞食するかのいずれかだ。

老人は嘆息する。彼らの中には、薬指にリングの跡の残る者も少なくない。かつてはそれなりの立場を築き上げたはずだったのに、今はボロ雑巾のように扱われ、死んでも誰も気にしないだろう。彼らはどう足掻いても職に就けない。一旦ドロップアウトした者がネオサイタマのビジネス社会に復帰するには相当な幸運が必要だ。(いつからこうなってしまったのだろう)老人はかつてデカセギ・イミグラントで寂れた寒村からネオサイタマに出てきたのを、ようやく一定のキャリアと収入を得るまでになったのだが、かつては探せば仕事は見つかったものだ。日雇い、短期、怪しい運び屋、ともかくその日の収入は何かしらで得られたものだ。それが、今は許されない。

「イヤーッ!」「アバーッ!!」老人はビルに3回も近づいた浮浪者をケリ・キックで吹き飛ばした。浮浪者は血を吐き、地面に叩きつけられると、首のあたりから不穏な音を立てて、とうとう動かなくなった。「昔は、こうじゃなかったのに」彼のつぶやきは重金属酸性雨にかき消されて誰にも聞こえなかった。


2
ボロボロになったマンションの一角で、擦り切れたスーツを着た体躯の良い男が溜め息をついた。飾ってあった筈の自分の肖像画は見る影もなく破壊されている。棚に並べていたはずの骨董品はとうの昔に灰になった。ここには何も残っていない。あとは自分がネオサイタマに連行されて、下っ端としてこき使われるだけの人生だ。

彼の名はハザマ。ネオサイタマから遠く離れたトドケ村で漁師の元締めをしていたヤクザ崩れの男であった。若い頃はネオサイタマで本当にヤクザをしていたらしいが、クランが壊滅したのか、クビになったのか、ともかくこのロクデナシはトドケ村に流れ着いた。村の西の集落と東の集落は仲が悪く何かと対立していたのを、彼は口がうまいのを利用して瞬く間にまとめ上げると、そのまままんまと元締めという名目で彼らを支配し、上納を課し、労せずしてカネを得られるポジションに収まってしまったのだ。

形骸化していた村長選挙を廃止し、彼にとって余計なしきたりを断絶し、経済健全化の名の下にかなり好き勝手やった。それでも、辺鄙な街の学の浅い村民相手には十分すぎるほどハザマは悪知恵が働いたし、嘘が上手かった。ある時は脅して金品をせびり、ある時は生娘を差し出させ、それでも村は彼をリーダーに戴き続けた。ハザマは豊かだった。トドケ村は彼の王国だった。

それが崩れたのは一瞬だった。ネオサイタマの市長が変わると、こんな遠い村にまで監査官がやってきた。煙に巻いてやろうと待ち構えていると、そいつは問答無用にハザマを殴り飛ばした。奴はニンジャだった。ヤクザのニンジャだった。奴はハザマに無茶苦茶なみかじめ料を要求し、暴虐の限りを尽くした。数ヶ月はトドケ村も堪えていたが、予想通りみかじめ料が払えなくなった。ハザマがニンジャに懇願すると、奴は笑ってハザマを蹴り飛ばし、村の土地も財産も何もかもを差し押さえてしまった。漁業権を奪われた漁師達は、ニンジャのストレスのはけ口にされた。やがてトドケ村には同じ顔をした大量のヤクザが入植して、見たこともないハイテックの漁船を使って乱暴な漁を始めるようになった。これでは魚をあっという間に取り尽くしてしまう、とハザマは思った。

村唯一の住人となってしまったハザマは、身ぐるみ剥がされ、名誉も地位も失ったが、ただその口のうまさを買われてアマクダリに使われることになった。どんなポジションが用意されているかは知らない。どうせロクな身分でないことしか分からない。月夜に照らされた彼の玉座の残骸を眺めながら、「昔は楽しかった」と呟いた。ヤクザリムジンが彼の目の前に停まった。


3
ネオサイタマは来る度に姿を変える街だ、キョートの奥ゆかしさには敵わないが、なかなか趣深い――などと宣っていたトドロキは、思わず笠を取り落とした。全国を行脚し、あらゆるショッギョ・ムッジョ、悲哀、サツバツを見て詠んできた彼をして、この街の変質は予想外であった。

トドロキは全国に認められた歌人であり、多くのハイクやポエットを産み出して生計を立てている。彼の詠む句は簡潔にして写実的であり、「見る絵葉書」「現代のマツオ・バショー」などと持ち上げられている。彼自身は「吟遊詩人」と呼ばれるのを好むが、ドサンコから岡山県までどこでも練り歩いて句を残す彼はその称号にふさわしいだろう。

彼がネオサイタマに足を運ぶのはこれで5度目であった。前回から4年隔てたのは、ドサンコへの旅が長引いたのもあるが、ソウカイヤとかいう組織の台頭で治安が荒れ気味だったのを忌避したのが大きい。最近はドタバタも落ち着いたと聞いたので、ようやく足が向いたのだ。耳の早いトドロキは、サキハシ知事にシバタという私設秘書が付いてから治安が良くなっていることを噂で知っていた。前回は活気と、暴力と、野心と諦念に溢れていたネオサイタマがどう変化したものか、彼自身は心底楽しみにしていたのだ。

それが、どうしたことだ。街に人は無く、みな光を恐れるネズミのように隠れて生活している。あんなに多様性と汚さを誇った建築物とストリートアートは影も形もなく、みな画一的な小奇麗なビルディングに改造されてしまった。街には監視ドローンが闊歩し、浮浪者や不審者のたぐいは目につかない。
おもむろに食事チェーン店に入ったトドロキを待っていたのは、味気ない食事を無感情に掻っ込むサラリマンの群れ、無機的な笑みを機械的に繰り返すだけの店員、遊びのない広告と店内の雰囲気。こんなに多くの人に揉まれながら、誰ひとりとして生気を放っていない。
時折空を見上げると、マグロツェッペリンがネオサイタマ市警の公式発表を映し出している。今日は何人テロリストを捕まえただの、汚職事件の犯人が裁かれただの。重犯罪人が捕まったり射殺されたりしたときはムナミ長官自らが出演する。それをぼぅと見上げながら、適当に拍手して通り過ぎるのが今のネオサイタマ市民であった。

切り分けられたトーフめいた街並み、無機的な人々を見て、トドロキはとうとう言葉を発することができなかった。夕方、キョートの編集からIRC通信が掛かってきた時、彼は泣いただろうか、何か詠んだだろうか、それとも無言で切っただろうか。ただ、唯一覚えているのは、打ちひしがれてシンカンセンに乗り込み、アマクダリ治世のネオサイタマを去る直前、「昔はもっと美しかった」とポツリとこぼしたことだけだった。

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