【バッド・ボーイ、レロイ・ブラウン】分割版 #3-2(最終回)

(#3-1の続き)

そろそろ買い物を終え、飛行機に乗る時間が迫っていた。タケルは何かしら買うべき土産を決めなければならない。「レロイ・ブラウン=サン。僕、このユノミを買うよ」タケルが差し出したのは、先程指さしたレロイ・ブラウンが描いたなんちゃって伝統柄のユノミだった。実際カネを出すのはタケルの両親だが、値札が付いていないのが少し不安だった。「お目が高いぜご客人。だが…コイツは売れないな」レロイ・ブラウンは首を振ってユノミを手に取った。「えっ、売り物じゃなかったの」「そうさ。ほら、コレには値札が付いてないだろ?さっきオイラが剥がしちまったからだけど」「じゃ、じゃあ、他の…レロイ・ブラウン=サンが作ったものを下さい」「そんなにオイラの作品がいいかい」「はい!だって、あんなに楽しかったもの。コレ以上のお土産なんて無いよ」「…ちょっと声がでかいぜ」大男は明らかに照れ隠しで指を口に当てた。

「けど売るわけにはいかねぇ…っと、焦るなよ。別に渡さないとは言ってないだろ?」レロイ・ブラウンはユノミを箱に収めると、タケルに手渡した。「ここまで楽しんでくれたタケル=サンからこれでカネは取れないぜ。きっと大切に使っておくれよ?」「レロイ・ブラウン=サン…ありがとうございます」タケルは静かにそれを受け取った。持っているだけで顔がにやける。タケルの小学校生活はこれから全く新しいものになるだろう。その勇気がユノミから無限に湧いてくるように思われた。タケルは息を深く吸って、吐いた。そして顔を上げると、「これ、お父さんにどう説明すればいいの?」買ったわけでもない、不思議な柄のユノミを持っていたら流石に怪しまれるだろう。「…別な土産を買って誤魔化そう。ユノミが隠れるくらい適当にサイズのある…あのバッテラなんてどうだ?」

タケルと両親は各々土産を買って店を出た。「またのご来店をお待ちしておりますゥ」レロイ・ブラウンのオジギに、タケルは律儀に返した。お店の社交辞令にアイサツを返すなんて、と両親は少し怪しんだが、無礼なことではないので深く触れなかった。

3人はとうとう空港のロビーに吸い込まれていった。3人はとにかく急いで搭乗手続きを済ませた。オキナワ発の飛行機はどの便も予約が全て埋まっている。しかし、予約のない急ぎの客がたまに予約を無視して乗ってしまうことが多々あるのだ――それはヤクザであったり、国会議員であったり、稀にニンジャであることさえある、要は世の闇の住人が無理を効かせているのだ――。そんな時に割を食うのは、早めに搭乗手続きを済ませなかったノロマである。無論そんな者のために代替便など用意されるはずもなく、何十万とカネのかかる当日便の予約が取れるまで空港で粘り続ける羽目になる。タケルも両親も、その犠牲者になるわけにはいかないのだ。

人混みを駆け抜け、辛うじて3人は予約の席を取ることができた。タケルは窓際の席をもらった。あの泥のような重金属酸性雨降りしきるネオサイタマに戻る前に、せめてオキナワの海を見られるように両親が心を配ったのだ。
確かにオキナワ国際空港から見える地平線は美しかった。しかし、タケルには別なものが見えていた。沈む太陽の周りに虹が立ち、海鳥が水面から一斉に上空に飛び立っていた。こんな景色が見えたら必ず嵐が突然やってきて時化る、とあのホテルでレロイ・ブラウンが言っていたのを思い出した。

果たして。飛行機は時間どおりに飛んだものの、間もなく雨雲に包まれた。価格の安い方の飛行機とは言え、流石に雨風程度では墜落しない。しかし雷鳴を伴う旋風に呑まれれば話は別であった。

ブガー!ブガー!けたたましく響く警報は却って乗客のパニックを煽った。『EMERGENCY!!』「エッ!?なんだって!?」『CLEAR YOUR ISLE AND GET DOWN』「ウワッ機体が傾いたぞ!」「アイエエエ!」怒号と機長のアナウンスと自動再生音声で機内はアビ・インフェルノが如き様相を呈していた。風の唸りが機体を揺り動かし、その度に人々と荷物がひっくり返って飛んでいった。タケルは必死に伏せていたが、それでも何度も何かしらに頭を打ち付けた。タケルとお母さんを必死に庇っていたはずのお父さんも何処かへ飛ばされてしまった。
KA-BOOOOM!! 飛行機の外側で光が炸裂した。文字通り、雷光が尾翼を撃ったのだ。本来電気を逃がす構造になっているはずの尾翼が、噴煙を上げ始めた。航空会社も把握していない下請け中抜きの安普請だったのだ!いよいよ制御を失った機体はただ風になぶられるまま高度を落としていった。

「アイエエエ!!」「グワーッ!」「オゴーッ!」周囲の悲鳴が耳を裂く。タケルは恐怖に震え、全身を打ち付けながら必死に祈っていた。いつしか旅行バッグから取り出していた、あのユノミの入った木箱を抱えながら。せっかくもらったのに、あんなに楽しかったのに、こんなところで死にたくない!ボロボロの両目で箱をもう一度見つめると、レロイ・ブラウンの笑顔が浮かんできた気がした。「なぁ言っただろ?こういう日は酷く時化るんだって、まぁ坊やのせいじゃねぇけどよ」

「エッ!?」ハッとして顔を上げると、火を吹いていたはずの尾翼が鎮火していた。そのかわり鈍い鉄色だったはずの尾翼が真っ黒になっていた。すっかり焦げてしまったのだろうか?否、ニンジャ視力の持ち主ではないタケルでもはっきり見てわかった。尾翼は真っ黒い布状のもの――バイオ・サトウキビの繊維を編んだ帷子でぐるぐる巻きになっていた。この帷子は硬く燃えにくいので古代オキナワでは家屋の屋根に使われていたのだ。しかし、こんな上空で誰が――

その時、タケルは間違いなく主翼に飛び移った人影を見た。髪は暴風雨の中でもはっきり判別できる燃えるような赤、筋肉隆々でしかしスラッと細長い体の人型が、命綱もつけずに飛行機の上で飛んだり跳ねたりしていた。彼が「ハイヤーッ!」腕を一度回すと、迫り来たった稲妻が散った。もう2回り腕を回すと「エイッエイサーッ!」雲が渦を巻いて天に登っていった。彼が口に手を当てて「イヤーッサーサーッ!」何度も叫ぶと、渦巻く風が戸惑ったように勢いを失った。彼が右主翼、左主翼、尾翼を走り回るうちに、空が開き、風が凪ぎ、竜巻が地に墜ちた。狂乱にあった大人たちも、ようやく落ち着いてきた。キリモミ状態にあった飛行機もようやく体勢を立て直した。

「助かりました!」次第に周囲は歓喜の声で再び煩くなった。「あぁ、タケル、無事だったかい!?」血まみれになったお父さんが打ち傷だらけのタケルを見て安堵の声を上げた。
「嵐を止めた人がいます、私みてました!」不意に老婆が叫んだ。「飛行機の外でキジムナーが嵐を止めていたんです!」彼女はとても興奮していた。「キジムナー?」「ヨーカイが嵐を止めたなんて、非科学的ですよ君ィ」しかし周囲の反応は冷ややかだった。否、むしろ「ヨーカイが出たなんて、縁起でもない!また嵐が来たらどうするんですか!」「キジムナーは嵐を止めたんです、本当です!」「やめなさい!不吉です!」「我々を怖がらせないでください!」「ヨーカイなんていないぞ!」彼女に非難が集中した。乗務員が止めなければ暴力沙汰になる直前であった。

しかしタケルは、その老婆が嘘付きでないことを知っていた。流石に殴られたくないので黙っていたが、翼の上に立っていたのはキジムナーであった。キジムナーは嵐を止めると、破損した主翼と尾翼をバイオ・サトウキビの帷子で補修した。キジムナーの手は鉤爪の大きな、まさにヨーカイのような手であった。しかし、補修をすべて終えると、その手は次第に小さくなり、普通の人間の大きさになった。背も縮み、髪も黒色になった。それはタケルだけが見ていた。キジムナーはタケルを振り返って、微笑んだ。彼は大風呂敷を背負うように手足に結びつけ、まるでアニメのニンジャがニンポで飛ぶように、大風呂敷を凧のように使いながらゆっくりと尾翼から飛び立った。タケルは見覚えのある顔を、手を振って見送った。「ほらな、ヨーカイが化けて出ただろ?」

箱のユノミは、ほんの少し欠けていた。


Prologue
旅行の前日だというのに、タケルの荷造りはなかなか終わらなかった。そもそも旅行をするのさえ初めてだというのに、オキナワに行くのに何が必要なのかマッタク見当がつかないのだ。旅行バッグに色々詰めてはひっくり返して、また詰めて、何時間そうしていただろう。しかしお父さんもお母さんも、いつまでもタケルに付き合っていた。普段ならば、こんなに要領が悪いとこっぴどく叱られるはずだ。「この旅行は特別だからいくらでも悩むがいいさ」「そんなに特別?」「えぇ、きっとそうなるわ。人生が変わるわよ」「イメージが湧かないや」そうはいいながら、両親がそこまで誉めそやすオキナワというものが、少しずつ楽しみになってきているのも確かであった。

「タケルや、きっと楽しい旅行にするぞ」「たくさん見て、たくさん食べて、色んな所に行きましょうね」そうは言えども、オキナワ旅行が学校でバレたら一大事だ。タケルはその点で少なくない罪悪感に支配されていた。
どうせ学校では言えない思い出なら、すぐに忘れてしまったほうが楽だろうとも思う。ダメ元の旅行、と思い込むくらいのヤケクソでもありながら、「うん、なにが待ってるのかな、本当に楽しみ」タケルは両親には微笑んでそう答えた。

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