【ブレイクファスト・アット・ネオサイタマ #2】

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ニポリ・ディストリクトでは水曜日の早朝にゴミ収集車がやってくる。住民は各々ゴミを持ち寄り、域内に指定されたガーベッジ・ステーションにまとめておく。すると収集車がやってきてネコソギするという画期的オートメーション機構だ。
こういった廃棄物には違法浮浪者やダスト信奉者がいわゆる「おこぼれ」を目当てに寄ってくるものであるが、ニポリ・ディストリクトではゴミの持ち込みを朝の5時から30分間に限定することで危険性を極限まで低下させることに成功した。また収集車はオムラ社特製のオートマチックマシンガンと対戦車ライフルを搭載しており、たとえ発狂アナキストが襲い来たっても迎撃できるので安心だ。
ゴミ収集車がゴミを回収する時間帯は、収集業者の迷惑にならないよう、外出を控えるのが不文律となっていた。それだけに、今朝ゴミ収集車に轢かれかけ、今は道端でうずくまっている黒スーツの男は一際気味の悪く思われるのだ。


浮浪者にしては大柄で隆々とした筋肉を、仕立ての良い漆黒のスーツに隠すその男は当然ホームレスでもアナキストでもない。
彼は誇り高きヤマノテ・ヤクザクランに所属するリアルヤクザである。名はアラマチ。またの名をリベレータ。彼はヤクザであり、ニンジャであった。
昨晩は敵対するヤクザクランであるオオエド組合連合の抱えるニンジャを爆発四散せしめるキンボシを挙げたのだ。
しかし組合連合の手の者達の追跡を逃れるのは至難の業であった。追っ手の中には当然複数のニンジャが含まれていた。
チャカガンはすぐに全弾撃ち尽くし、ドス・ダガーを奪うこと4丁、敵ヤクザを殴り殺すこと10人、スリケンで殺すこと数知れず、辛うじて彼の自宅、高層アパルトメントの前まで這いずり戻ってきたのだ。
任務を言い渡された時は、コレでさらにソンケイを集める事ができる、敬愛なる組長に恩返しができると喜び勇んだ。
しかし今彼はそんな浅慮な自分を悔い責めていた。
敵対するとはいえ、義理人情を重んじるヤクザ組織の付き合いである。お互いのビズ、シノギというものもある。
お抱えのニンジャが他クランの手に掛かったとなれば、当然その後クラン同士の対立、抗争は免れない。
しかし「発狂アナキストに襲われ不覚を取った」ならばあとは懐柔次第で交渉を進めることができる。
彼は鉄砲玉として選ばれたのだ。何人もいるヤマノテお抱えのニンジャの中から。彼に未来はなかったのである。
それを、殺されるどころか逆に敵を何人も返り討ちに挙句尚生き残ってしまった。ニンジャも任務以上に屠った。
オオエド組合連合は力を失うだろうが、ヤマノテ・ヤクザクランは他の同業者から睨まれることになろう。
下手すると我々より強大なソウカイヤの機嫌を損ねたかもしれぬ。
彼のもとには遅かれ早かれ他のアサシンが送られるだろう。彼は己の運命を悟っていた。


ネオサイタマの夜が明けた頃、彼はようやくアパルトメントの10階にある自室に戻ることができた。腕と足に負った傷は少なくない。身体も服も血と泥にまみれている。
いつもならばシャワーで垢を落とすのだが、その必要はもうない。
彼は逡巡した。己はどうして生き残ってしまったのだろう。どうして敵に抗ってしまったのだろう。分からない。
とにかく必死だった、必死に仕事をし、敵の殺意に呑まれまいともがいた。それしか考えられなかった。だが、それゆえに自分は――

彼はチャブに目を落とした。昨晩仕事に出る前に食したスシの余りが残されていた。
仕事を言い渡された時、組長から「コレで精を付け、仕事を完遂せよ」と与えられた、高級トロ・スシの詰め合わせであった。
今にして思えばいわゆる「死出のスシ」、六文銭代わりのスシであったのだ。
トロ・スシは8貫入っていたが、彼は仕事前に3貫だけ食べた。
仕事前はあまりたくさん腹に詰め込むとよくないという経験則からであったが、意味のないことであった。
彼は目についたまま、1貫をつまんで食べた。顎が重く、スシがとても固く感じる。
トロの脂が染み渡っているはずだが、舌の上を何かが垂れていることしか分からない。
シャリの酢の香りさえ、鉄錆めいた血の匂いにかき消されてなにがなにやら。

彼は己の死がより近付いたことを直感で理解した。そして自分が不味いスシを食っていることを嘆いた。
せめて死の直前は美味いものを美味く食いたいと思った。
彼は台所へ立ち、いつか組長から報酬として受け取った高級乾燥コブチャを取り出した。
ケトルで湯を沸かし、チャコシ・アミを使って丁寧にチャを淹れた。
一口含むと、芳醇なチャの香りは彼のニューロンを癒やし、コブの艷容な風味は彼の口腔を清めた。あぁ、これでこそ俺の旅出にふさわしい。
コブチャを持ってチャブへ戻り、もう一口飲んでから彼はスシをつまんで口に放り込んだ。ネオサイタマに久々の朝日が顔を見せていた。
するとどうだろうか。あんなにも固く、ゴムのように感じられたはずのトロ・スシは瞬く間に口の中でほどけとろけた。
トロは舌の上で気化するように、その肉と脂の味を口腔内に充満させた。しかし(少し乾いていたが)ハリのある歯ごたえであることか。
ややもすれば無限に拡散しかねないマグロの風味は、しかし奥ゆかしく仕込まれたオーガニック・ワサビによって引き締められている。ワサビ?そう、ワサビだ!彼は先程ワサビの存在にすら気が付かなかったのである。
そしてシャリだ。強すぎず弱すぎず握られたシャリに、これまた絶妙なバランスで含まれたすし酢の酸味。口の中に潤沢な旨味を残しながら、自然な嚥下を促す名脇役、いや主役だったのか?全てがするりとアラマチの喉を通り抜け、腹に染み渡っていった。
アラマチはたまらず、残りのトロ・スシを1貫ずつ食した。ネオサイタマの朝日が彼の全身を照らした。彼は涙した。彼は驚いた。そして彼は幸福であった。

アラマチのニンジャ聴力が、彼のアパルトメントから500メートル離れた大通りに降り立つ数人の足音を捉えた。彼をカイシャクすべくやってきたニンジャ達だ。
もしかしたらソウカイヤ直属のニンジャもいるかも知れぬ。組長は間違いなくいるであろう、責任上来なければ問題になる。
あぁ、組長はアラマチをリベレータと呼びアイサツするのだろう。彼は組長をエンハンサーと呼びアイサツを返さねばならぬ。夢想だにしなかった事態が現実のものとなろうとしている。
アラマチはスーツを整え、できるだけ埃を払い、正座して出迎えるつもりであった。
窓の外で、ネオサイタマの朝日に驚いたカラスがゲーと鳴いた。
彼はカラスを見やった。毛並みはボロボロで、頭に泥を被っている。一体どこで何をしたらそう汚くなるのだろう。
カラスは窓の外で飛び回り、しばらくはアラマチから見える場所にいた。
しかしすぐに遠くへ飛び去り、見えなくなった。

アラマチの自室のドアをノックする音がした。
アラマチは窓を蹴り破り、ネオサイタマの下町へ飛び降りていった。

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