虚無寿司

ある日、路地裏にてーーー

なんだ、見ない顔だな。
今どき隣街からこっちに来る人間なんてまずいないんだが。
俺はここらの人間ならみんな知ってる。俺が知らねえってことは余所者だ。
アンタ、どこから来た?

…ははぁ、その調子だと、最近「起きた」人間だな?冷凍保存(コールドスリープ)されてたんだろう。未だに寝てる奴がいるとは思わなかったがね。
『中京』って言ったか?あそこは裕福な地域だったって聞いてるが、そうか、とうとう資源が尽きたか。
アンタもびっくりしたろう、起こされてみれば装置は動いてねえし電気もねえんだ、誰だって驚くさ。

俺?まず俺の事を訊くのか?この街の様子は気にならねえのか?
電線は一本も無くて、道端は草茫々で、それでてドローンが飛び回ってるこの街が気にならねえと?
まずこう訊かねえのか、「今は何年ですか」って?

「あぁそういえば」じゃねえだろうが…ったく、仕方ねえ。ちょっとそこ入れ。そこに入ってりゃまず見つからねえ。大声で叫べば別だがよ。
どうやってここまで来たんだか…

さて、話を整理しなきゃならん。そのためにまずアンタだ。アンタは何年に眠った?
…てぇと、150年前か。病気で、最先端医学の進歩を信じて?なるほど。残念だったな。
30年前になるが、あー…落ち着いて聞けよ、いよいよ人類は地球資源を使い切っちまったのさ。石油、石炭、バイオガス…あらゆる資源に『底』が見えちまった。

原子力?馬鹿言えンなもん…っても知らねえか、悪ィ。80年前に反核革命で全部吹っ飛んだよ。技術者は吊るされた。核技術は文字通り根絶したのさ。
で、だ。エネルギーに限りあるとなると、人類が生き残るためには無駄遣いなんてしていられねえ、分かるな?
世界が戦争で3回吹っ飛んだ後、とうとう人類は政治を諦めた。

「人間を1年でも長生きさせるAI」をバラまいて、お偉方は首を括っちまったよ。
つまりだ、俺達は一日に使っていいカロリー、食っていいカロリーを全部厳密に制御されるようになったんだ。無駄があったら、その分誰かが割を食って飢え死ぬからな。
腹が減っても規定量以上は食えねえ。無駄に走ったり飛んだりすりゃ刑罰で撃たれる。あのドローンさ、太陽光発電で動いてる。あのレーザーを食らったら1日は痺れっぱなしだぜ。そして猛烈に腹が減る。地獄だぜ。
あ?太陽光発電で人類を賄え、だと?間に合った以上に欲しがるのが人間だろうが。

もうな、どこの街の人間も「生きるため最低限のカロリー」以上に動くことを許されずに漫然と生きてるのさ。
分かるか、この伽藍堂が?怒ることも笑うことも許されねえ、喜怒哀楽はカロリーを使うからな。
感情をフラットにして、ただ明日へ命をつなぎ続ける、それがこの世界だ。

… … …

まぁ、それもあのドローンに見つからなきゃ、の話だ。
不思議なもんだ、一瞬の、たった一瞬の、ほんの少しの感情の起伏があれば人間生きてしまうんだぜ。

…俺が?真人間に見えるって?まぁ俺はこのナリで商売者(※訳注:この『商売』は「不必要なカロリーを消費して不必要な娯楽を提供する」の意味。現代で言う「ヤクザ」に語感が近い)だから、根っからフラットではやってられねえんだわ。

俺の稼業は…寿司よ、寿司を握るのさ。寿司は知ってるよな?150年前は本物の寿司が食えたはずだ。
あん?見て分かるだろ、こんなボサボサの寿司屋がいるかよ。このナリで本物の寿司握ったら、砂だらけで食えたもんじゃねえ。

そうじゃねえんだ、そら見てろ、行くぞ
ソラッ
 セイッ
   セヤァッ!
ヘイお待ちィッ!

…と、1貫出来上がりだ。
そうだろう、本当に握ってるように見えただろう!コレが俺のシノギだ。
寝る前はパントマイムで食ってたんだ。モノマネは得意さ。

何で寿司なのかって?そりゃ…国があったころのソウルフードだったってのもあるんだろうがよ。
そら、見てみろこの街を…享楽も失望もありはしねえ。今日生きて、明日があるだけだ。特に大戦前から生きてた人間には辛いだろう。
もうこの街には虚無しかねえ。この街に限らねえけどな、人間が生きてる所虚無だけは尽きねえ。

そうしたら、この街でパントマイムで商売してたらよ、「虚しさをネタに寿司を握ってくれ」って言ってきた客がいたんだ。
冗談だろうって、いくら笑い飛ばしても毎日来やがる。
とうとう折れて、「コレが貴方の虚無の握りでぃ」って、寿司屋の真似をしてやったら、なんて言ったと思う?
「美味い、こんな寿司は食べたことがない」って大泣きして、握る真似した寿司を両手で掴みながら少しずつ食ってやがった。
指まで舐めつくして両手をドロドロにしてから、ソイツは土下座して帰って行ったよ。「ありがとうございます」ってなんども唱えながらな。

それから、そんな客ばかり来やがる。虚無をネタに食らって、或いは笑って、或いは泣いて、その場で憤死したのも少なくねぇ。ここの連中のために、俺は毎日虚無を握って寿司にしてるんだ。
ある日気まぐれで断って追い返したら、次の日自分で手前の頭割って死んでたよ。砂の地面に頭打って割ったんだから余程の執念だよな。

俺は虚無の形も知らねえが、適当な握りを出してやってるんだ。そして人間様がさめざめ泣いて帰るのを眺めるだけさ。
たまにドローンに涙がバレて撃たれる馬鹿もいる。俺にはどうしようもねえ。どうせ客足は腐るほどある。一人二人減ったって変わらねえよ。

…俺がパントマイムを極めたのは人々を笑わせたかったからだ、こんなはずじゃなかった。俺の寿司が人気なのは、俺の虚しさもこっそり隠し味に混ぜ込んでるからかもな。

どうだ若いの、治らねえ持病でくたばる前に、一丁俺の寿司を食っていかないか?

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