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バースデーケーキはジャズバーのあとで

彼女は言った。
「わーバウムクーヘン! 誕生日のサービスかな?! またお部屋に戻ってきたら食べようね!」
その瞬間、私とロッキーは同じことを考え、そして誓った。
「バースデーケーキを食べさせるまで、何をしてでもバウムクーヘンには手をつけさせない」…と。

▼ バースデーパーティーの主役・ぐりこによるレポはこちら

ぐりこからホテル女子会のお誘いを受けたのは、お昼に食べたかき氷が体の芯に沁みる真夏のことだった。
Twitterでホテルのサウナに行きたいと言っていたのは知っていたので、サウナが趣味ではない私たちにお誘いがかかるとは考えていなかった。それが折角時間を共にするのだから、一人より楽しくなるといいなぁ…と話を聞きながら考えていたが、ぐりこが
「前回の旅(※下記参照)からちょうど1年くらいだよね」
と言うので、そうか、と私は悟った。

もうそんな季節か。やるか。やらねばならない。
そう、ぐりこのサプライズバースデーパーティーを!!

▼ 昨年のスピリチュアル女子旅&サプライズパーティーの様子

さて今年はどうしよう、としばらくウンウン唸っていたが、アイディアと仕事に行き詰まったところでロッキーにSOSを出し、ご飯がてら作戦会議。
何しろいいホテルに泊まるのだ。大概のことでは霞むのではないか? かといって過度にヒートアップしたしつらえにしたら、ぐりこが気を使うのではないか? 今回はいいホテル(パークハイアット)だからクラッカーはNGだろうな? などと話し合う。
コロナ対策の衝立のお陰で、俄然密談感が増している。

その内にロッキーが
「ケーキをルームサービスで部屋に運んでもらうのは?」と言った。
もともと、晩御飯つきの宿泊プランではなく、おしゃれ惣菜を買ってきて部屋で食す予定であった。わいわいお酒を飲んでいる最中に運ばれてくるケーキ…! これはときめく、ということで決定。
プレゼントは用意せず、後はなんとなくおしゃれ惣菜や酒代を負担することにしよう、という流れでその日は解散した。

しかし当日、電車に乗っても私はまだ悩んでいた。
「果たして、祝いの品はケーキで良いのか?」
ささやかでも、何かかたちに残る物がなくていいものか…あった方が絶対嬉しい…その思いはロッキーも同じだったらしく、新宿についてからプレゼントを求めることに。

昨年のプレゼントはロッキーがイヤリング、私がアクセサリーケース(事前打ち合わせなし)だったので、今年はネックレスなんてどうかと考えていたのだけれど、ぐりこに似合いそう&あまり持っていなそうな色のきれいなイヤリングが見つかったため、それに決定。
プレゼント用だとミニブーケ(造花? ドライフラワー?)がつきます! とのことで、イヤリングと同系色の赤色ベースのミニブーケを付けてもらい、ボリューム感もばっちりだ。(店をチョイスしたのはロッキー、さすが)

ぐりこは土曜は仕事があるので、チェックインまでの間に夕ご飯の調達を済ませておくのが私たちの仕事。成城石井で酒とツマミを買い込み、シャトルバスで一足先にパークハイアット新宿へ。
二階エントランスのすぐ横に、お目当てのペストリーブティックはあった。単品のケーキも旬の果物がきらきらに配置されていて素敵。私たちはディスプレイされているホールケーキの中から、苺のケーキを選んだ。

一流ホテルのペストリーはサービスも最高で
「ルームサービスで部屋に届けて欲しいんですけど、まだチェックインしていなくて…」
「ご予約者様のお名前をちょうだいできれば大丈夫ですよ」
というやりとりにはじまり、
「ネームプレートはお付けしますか?」
「このケーキ、プレート刺さります…?(ケーキはドーム型になっていて、僅かな頂点の面にはいちごがちょこんと盛られていた)」
という質問にも迷わず丁寧に答えてくれたし、こちらから言い出さずとも
「サプライズということでよろしいですか?」
と確認をしてきてくれた。これは頼りになる…!

諸事情により晩ご飯の調達は半分しかできていなかったけれど、私たちの最重要ミッションは仕込み完了。そしてチェックインの時間に、ぐりこと合流した。受付では
「お誕生日の方がいるとうかがっていますが、どちらさまですか」
と聞かれたので、ホテル側痛恨のミスかと思いひやっとするも、すぐにどうやら違うらしいことがわかり胸を撫で下ろす。なんだ、ぐりこの自己申告か。それなら何の問題もない。…ないよね?

部屋に到着し一通りはしゃいだ後、まずはスパ&フィットネス「クラブ・オン・ザ・パーク」に足を運ぶ。コロナ禍、ぐりこはホットヨガをやめ、ロッキーは自転車ジムを休会し、私はたぶん休会期限は切れてるけど再開してからまだ一度もスポーツジムに行っていない。運動ってやっぱりいいなあ。
しかし、私の目当てはプール且つ走ることに対してとてつもなく集中力がないため、二人がストイックに手足を動かし続ける中、ふらふら水を飲みに行ったりしてなんとか凌ぐ。
私だって集団行動ができない。

予約したプールの時間まで少しクールダウン、ということで部屋に一度戻る。チェックイン時には見当たらなかったバウムクーヘンが出現し、ぐりこが「誕生日のサービスかな?!」と喜んでいる。拙い。あれに手をつけてはケーキが入らなくなる。とりあえず買ってきたものを減らすという名目で、アボカドチーズおかきを広げる。美味しい。さて、食べ物から目を逸らさなくては……。
そこでふと思い立ち、ロッキー(五月生まれ)に誕生日プレゼントを渡した。どんなタイミング? と今なら思うのだけれど、その時は(これで手持ち無沙汰におかし摘まむ時間も減ったし、ぐりこが油断しないかな)という浅はかな考えがあったのだった。

結果、ロッキーの誕生日をクッション扱いにして失礼だったな…ごめんね、反省。その上、プレゼントが三年連続で飲み物(しかも三年前のことはすっかり忘れている)になってしまって…来年は口に入れられるもの以外にするからね! 
あらためてロッキー、お誕生日おめでとう。今年はお互い緊急事態宣言中に誕生日を迎えてしまって、よくわからない内にひとつ歳をとってしまったけど、こうして今年も誕生日を祝えることが嬉しいです。もう半分くらいロストしてるけど、この一年も良い年になりますように。

着替えの準備などをしていたら、プールが使用可能になったとの連絡が入り、三人でプールに向かう。ぐりこは水着を着たにもかかわらず光の速さで「寒い」とフロアの異なるサウナ&スパエリアに駆けて行ったので、私たちもそれぞれ(ロッキーはランニングマシン、私はプール)の時間を堪能する。
この後の予定は、『酔っぱらう前にバーに行って、一杯ひっかける』に決まっていた。そこでネックになるのは、ルームサービスの時間だった。このままの時間感で行くと、ペストリーで申告した時間よりも遅らせて貰う必要がある。私たちはジムとプールを引き上げたタイミングでスパエリアの受付に寄り、ルームサービスの変更が出来るか(もしくは内線を繋いでくれないか)を訊いてみる。部屋から客室係にかけてくれって言われるかな…。
「かしこまりました。何時にいたしましょうか?」
怪訝な顔ひとつせず、名前も部屋番号すらも聞かれず! これ以上なくスムーズにルームサービスの時間変更ができた。一流の仕事がかっこよすぎる。

ジャグジーに浸かり、身支度を整えてから52階のニューヨークバーへ。
フロアは結構にぎわっており、眺めのよさそうな窓側の席ではなくフロア中央に近いテーブル席に案内された。まあ、天気も悪いしな…。しかしそれは生演奏ステージの真ん前で、ある意味特等席とも言えた。

私たちがバーに入ったのは20時前。はじめは楽器のセッションのみで、お通しのおかきとポテトフライそして一杯のカクテルだけで21時近くまでいられるのか? 30分くらいで引き上げることになってしまって、ぐりこがバウムクーヘンを食べると言い出すんじゃないか…? とハラハラしていたけれど、ボーカルの女性が入場してきてその可能性は消滅した。「映画と同じだ」とぐりこは楽しそうにしている。

ライブジャズは21時に近い時間まで続いた。こうなると次の心配である。
21時に間に合うのか? ポテトとつまみは食べた。飲めない私の酒の残りはロッキーが飲んでくれた。お会計を頼みたい。だが、みなライブが終わったタイミング辺りで席を立ち始め、フロアはにわかに慌ただしい。なんとかお会計を頼むことはできたが、忙しそうなのは見ていてもわかる。
今日半日このホテルで過ごして実感したが、このホテルのサービスはランクに違わず一流だ。エレベーター移動の時間を加味しても、ルームサービスが遅刻をすることはまずないだろう。バーから戻って廊下で立ち往生しているルームサービスと鉢合わせるのが、最高に間抜けなシナリオだ。20時55分を過ぎた。もうこれ以上は待てない。ロッキーがいればぐりこは任せられる。ここは私がやるしかない。大丈夫、たぶん不審には思われまい。日頃の行いの賜物だ。ちくしょう。やるぞ。唸れ、私のハイパーわがままマイペース一人っ子スキル!

「ね~トイレ行きたいから先に部屋かえる~~」

……快く見送られた私は、いそいそと部屋に舞い戻った。実は、本当にトイレに行きたい。でもそれどころじゃない。ルームサービスが到着するまでに、あっちの電気をつけ、こっちの電気をつけ、部屋の乱れた部分を少し整えたくらいで、すぐに部屋にコール音! よ、よかった…戻ってきて…。

すみません、主役がまだ帰ってきていないんですが、などと世間話をしながらスタッフのおにいさんとワゴンを部屋に招き入れる。
ワゴン、置いて帰ってはくれないんだな…そう思いながらロッキーにケーキが来たことを連絡すると、これから戻ると言いつつも、体感で思ったよりもすぐには帰って来ない。

何が問題かというと、ろうそくにはすでに火が灯っているのだ。スタッフさんは二回くらい「出直しましょうか?」と申し出てくれたが、「いやたぶん連絡あったんで大丈夫です」と突っ張ってしまった。
申し訳ないし気まずいので、私は「さっきまでニューヨークバーにいて」「ジャズの演奏って土日だけですか」などと世間話を繰り出し続ける。人見知りの営業職にこれは辛い。仕事と言う現実を思い出す。頼む、早く帰ってきて! ケーキにろうが垂れてしまう前に!

気が遠くなりそうになったその時、ドアの外で話し声が聞こえた。かちゃり。鍵の開く音がしたのに、誰も入って来ない。え? もしかして今隣の部屋の音? と一瞬不安になるも、すぐにふたりが部屋に顔を出した。

部屋の入り口からは知らないおにいさんしか見えていなかったぐりこの顔が、ワゴンとケーキを見つけて驚きに変わる。時刻は午後九時とちょっと。私たちは、ようやくお祝いの言葉を口にした。

「「ぐりちゃん、誕生日おめでとー!!」」

スタッフのおにいさんはぐりこがろうそくを吹き消すところを見届け、私たちとケーキの記念写真を撮り退室した。ぐりこも私たちもテンションがすっかりハイになってしまっているが、まだ終わりではない。
私のリュックに潜めておいたプレゼントを取り出し、ロッキーと一緒に贈呈する。白ベースの、赤が印象的なイヤリング。ぐりこがそれを付けるために洗面所へ向かったので、ロッキーに耳打ち。

「くす玉する?」
「あっそうだった! くす玉もそうだけど、これ!」

そう言って渡されたのは、「3」のパーティー用のバルーン。三十三歳にもなって年齢を強調していくスタイル、嫌いじゃない。
このバルーンとミニサイズのくす玉は、昨年のサプライズパーティーでぐりこが『happy birthday』のガーランドをいたく気に入っていたのを思い出したロッキーが直前に調達してくれたものだ。
しかし渡されたものの、普段パリピと対局にいるタイプの人間なので膨らませ方がわからない。え、浮き輪的な肺活量必要? ストロー刺すの? 不器用すぎて刺さらないんですが?

ふとロッキーを見ると、仕込み中にぐりこが洗面所から出てこないよう、片手で洗面所のドアを抑えながら鋭い目つきでストローで息を吹き込んでいる。絵面がシュールすぎる。
なんとかバルーンを膨らませ終わったので、そのままくす玉の準備へ移行。私は洗面所のドア番をロッキーと入れ替わり、会話で時間を稼ぐ(今日こんなんばっかりだな)。

そして、イヤリングを付けたぐりこと、「33」バルーン、くす玉のお披露目である。
イヤリングをとても喜んでくれていたぐりこは、バルーンを見ると
「かわいくない~~」
と声のトーンを下げた。なんでや。こちとら半年前くらいから三十三歳なんだぞ。ようこそ、この美しくも散々な世界へ。今年も一年、素敵な年になりますように――。

――これが、今年のぐりこバースデーサプライズパーティー裏側の全容である。その後すみやかに宴ははじまり、ぐりこが魂を抜かれたように窓辺で眠りだした頃、閉会を迎えた。

ルームサービスに下げてもらう食器や、持ち込んだお菓子の空などを一通りあるべき場所に片付け、ロッキーと煎茶でお互いを称え合う。今年も無事やりきった。正直、ぐりこがどこまで予想をしていたかはわからないが、楽しそうにしてくれて良かった。
窓の外を見やると、もやがかっていたはずの街の灯りがとても鮮明に見えた。雨女、眠っちゃったからかな。

時刻は午前一時を回っている。翌日の早朝、一足先に寝落ちたぐりこが起き出したのには気づけても、体を起こすことは出来ない…そんな睡眠不足は明らかな、真夜中のことだった。

Mission:Not Baumkuchen, Completed!

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