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型にはめないでほしいー違う世界の見方をしていると捉える視点を、一人ひとりの心に。

こんばんは、佐々木めばえです!ヘラルボニーでは広報を担当しています。今日は私が考えていることをお伝えさせてもらえたらなと思います。

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「障害」という言葉。

私にとっては、この言葉はものすごく身近なものです。
障害という言葉を聞いたとき、どんなイメージが浮かぶでしょうか。

欠陥、欠如。何かできないことがあるから、「劣っている」。

そんなイメージが社会の中には一般的な考えとしてあることも、一つの事実だと思います。この一般的なイメージを、新しいものに昇華させていきたいと思っています。でも私ひとりでは、パワーがまだまだ足りないので、一緒にその思いを形にする仲間を集めたいんです。

私が緑色をしたぐにゃぐにゃの形をしていて、黒色の四角が学校・社会のシステムを表しているとします。私は、ぐにゃぐにゃとした形をしているから、四角い枠には、はまりません。でも学校や社会のシステムの多くには、ぐにゃぐにゃした形を四角い枠にあてはめることでしか、その人を評価することができない現状があるなと思います。

その人のそのまんまの形がどうであるかということよりも、「いかに四角い枠に当てはまることができているか」という視点ではかられる。一つの側面として、今の学校や社会にはそういう部分があるように思うのです。

違う形をした私は、四角くなるために、自分の一部を切り落とすか、形を変えるかしかない。自分を四角い枠にあてはめようとすることが上手になりました。そうしなければ価値がないと、そう自分で思い込んでしまったとき、心から血が流れるように悲しかったのを覚えています。

じゃあ、その四角には当てはまりそうもない、ぐにゃぐにゃした緑のかたちは、「良くないもの」なのでしょうか。

この世界に生まれてくるとき、みんなそれぞれの形を持ってやってきます。わたしは、かたちに良い悪いはないと思っています。そして、黒色をした四角い形をしている人も、いないと思っています。四角いかそうじゃないか、その視点で二分化できるものではなく、人の生まれ持つ形はそれこそ本当に「多様」だと思うんです。だってその形を持って生まれたことは事実で、その人の存在はこの世界の中で本物です。人の存在と人の形に、偽物も、良いも悪いもありません。違うだけじゃ障害になり得ないはずなのに、じゃあなぜ、今の社会の中では、緑色のユニークな形は「障害」だと呼ばれるのか。

その個人のユニークな形を、環境やシステムの四角い枠に当てはめようとするときに「生じるもの」。それが「障害」なんじゃないか。緑の形が「障害」なんじゃなく、「黒色をした四角い形」と「ぐにゃぐにゃとした緑の形」を無理に合わせようとすることで「障害が生じている」。私は自分の人生から、そう思うようになりました。

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ニューロダイバーシティという言葉があります。発達障害は障害ではなく、脳の一つのタイプであると捉える概念です。自閉症、ADHD、知的障害、他にもいろんな「障害」だと呼ばれるものがありますが、そう呼ばれるすべてのものは脳の一つのタイプであり、そこには果てしないグラデショーンが広がっています。

発達障害や知的障害だと今の社会の中で呼ばれている人たちは、「違う世界の見方をしている」。きっと、先ほど私がお話した「黒色の四角とぐにゃぐにゃとした緑色のお話」は、発達障害や知的障害と診断を受けていない人の心の中でも起きているのではないかと思うのです。

四角い枠に当てはめることなく、持って生まれた形をそのまんまに受け入れてもらえる環境が子どもの頃からあったなら、その形が適切に評価される学校教育があったなら、その形を新しい価値を持ったものとして捉える視点が人の心にあったなら。

心から血を流す人は少なくなっていくんじゃないかな。

そして実際に、違う世界の見方をしている個人のエネルギーには、ものすごいものがあります。「発達障害の特性」と呼ばれるその「こだわり」が、世界に味を生む。「衝動性」が、「多動性」が、新しいものを生む可能性を持っている。違った世界の感じ方をしているから、独創的な世界を描くことができると信じています。

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そこに「それ」があると存在を立ち現すためには、名前が必要です。社会の発展の一段階として、ユニークな形をしている人に対して「発達障害」や「知的障害」という名前が必要だったかもしれません。もちろん、薬や、政治的な制度を受けることができる等、社会で生きる上で名前があることにおける利点も沢山あります。ただ、弊害もありました。次の段階へと進んでいく過程の中で、一人一人の心の中にある「ユニークな形」に対するイメージを、「劣っている」から「違う世界の見方をしている」に昇華させていくことを、あらゆる表現を通してやっていきたいと思っています。

そんな私が去年の夏から関わっている、大好きでたまらない会社があります。名前はヘラルボニー。代表の松田崇弥さん・副代表の松田文登さんが双子で立ち上げた、福祉実験ユニットです。
崇弥さん、文登さんのお兄さんは、「自閉症」という脳のタイプです。ヘラルボニーは、お兄さんが7歳のときに自由帳に書いた謎の言葉。会社名には、「社会では価値があるとされていないものを、企画・編集して新しい価値を持ったものとして届けていく」という意味があります。

既存のものを変えようとするのではなく、新しい提案として企画を打っていく。そこに押し付けもなければ、対立もない。ヘラルボニーのそんなスタンスが、大好きなんです。

このnoteで、最初に私は言いました。
障害という言葉、そして障害者と呼ばれる人たちに対して抱かれる「何かできないことがあるから、劣っている」というイメージを、新しいものに昇華させていきたい、と。
「違った世界の見方をしている」と捉える視点を、一人一人の心に。

佐々木めばえでした。


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異彩を、放て。をミッションに掲げる福祉実験ユニット「ヘラルボニー」の好奇心マガジンです。HERALBONY、全日本仮囲いアートミュージアム、未来言語などなど、福祉領域の拡張をテーマにした実験を繰り広げる"アソブ、フクシ"な会社です。http://www.heralbony.jp
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