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盗聴新人教育

先日、尾崎豊のご子息がテレビで歌を披露していましたね。風貌も声も、お父さんによく似ているけど、やっぱり今どきの愛想のよい爽やかな青年という感じで、圧倒的に渇望感がない。バイクを盗んだり、膝を抱えて眠れぬ夜を過ごしたりなんていう、無駄な行動は決してしなさそう。なんて思ってテレビ画面を見ていたら……あれ?私、尾崎豊よりこの子に似ているルックスの子を知ってる気がする……と、しばらく考えて、四か月前に配属されてきた新人君だ!ということに気付いた。

もはや「ゆとり」でも「さとり」でもない?のか、それすら分からない、20そこそこの尾崎がやって来て四ヶ月あまり。直接の指導係でもない私は、毎日、尾崎を席からチラ見している。

私がヤンママであったなら、息子でもおかしくないような年の尾崎。そんな彼のことは勿論さっぱり分からんし、仕事の能力は当然のことながら、一人の人間として、いいヤツなのか、悪いヤツなのか、といったことも、ちょっと読みにくい。
尾崎、毎日の挨拶は至って爽やかで、「おはようございます」と言った後、口角をきゅっと上げて、数秒見つめてくる。それどころか、廊下への出入口付近で一緒になると、「どうぞ」なんて言って、ホテルマンよろしくドアを押さえてくれたりする。だからといって「良い子だな」とも思えず、なんだろう、このこなれ感は……とむず痒い感じ。

が、この尾崎、たとえば電話応対ともなると、新人らしいテンパりを見せる。先日のこと、課長宛にかかってきた電話をいち早く取り、取り継ごうとしたのはいいが、電話口の相手に「少々お待ちください」と言って保留にした瞬間、課長が次の会議の為に立ち上がって歩いて行ってしまうという、オフィスあるあるのシーンにも激しく動揺。しかも、保留にしたつもりが間違って切っちゃってる。更に、切ったことに気付かず、「課長ぉー!課長ぉー!非常に至急のようです!」と、「火事でぇーす、火事でぇーす!逃げて下さい!」というのと同じくらいのボリュームと緊迫感でもってシャウト。

尾崎の尋常ならない様子に、戻って来ざるを得なかった課長が受話器を持つも、その電話はどこにもつながっていないという地獄。「あれ?おかしいな、あれ?……」とドギマギしている尾崎に、指導係の三年目の男子が容赦なくキレる。「お・ま・えさー!保留ボタン、なんで覚えねえの?すげえ目立つじゃん、保留って書いてあんじゃん。なんでいっつも切るの?保留ボタン、赤くマジックで塗る?」「いえ……塗らずとも大丈夫です」「塗らずとも、ってなんだよ!」

私はもう、その三年目の若者が、尾崎に向かって全身全霊で怒り狂う、そのやりとりを見るとついニヤけてしまうのであるが、課長はその間、無表情で立ち尽くしていた。が、先方から折り返しがないところを見ると、尾崎が言うほど至急ではないに違いないと悟ったのか、「ま、会議行ってくるわ」と言って再び廊下へと歩いて行った。その瞬間、再び電話が。もう課長の背中は小さくなっている。が、尾崎は迷わず叫ぶのである。「課長ぉー!先ほどの方から、再びお電話でぇーす!非常に至急のようでぇーす!」と。それを見た三年目が、立ち上がり、「だーかーら!!!」と、いよいよキレる。それを見て私がほくそ笑むーーーこの無限ループ。

そんな風にいつもキレている三年目だが、怒ってばかりではいかんと思ったのか、先日、残業の為に遅くなった夜、なにげなさを装って、尾崎にこう話しかけていた。「この表、明日作ればいいからさ、今日は飯でも食って帰るか?」
今どきの子は、会社の上司や先輩と飲みに行くことを嫌うと言うし、三年目自身がそんなに付き合いの良い子ではないだけに、私は内心、「感心感心、お兄さんプレイしてるじゃないの」と思って耳をそばだてていた。すると、尾崎は少し迷って、こう言ったのだ。「あ、すいません……明日、早いんで」と。
三年目は顔を真っ赤にし、無言で帰って行った。三年目と尾崎の明朝の予定は、当然一緒。
そんな22と25の夜――なかなか渋いもの見せてもらったよ。

そんな尾崎が、この前、なんと涙を見せた。部署でも存在感の全くないシニアが、ハッキリ言って給料泥棒の上に文句しか言わないシニアが、おそらく尾崎とは言葉も交わしたことがないであろうシニアが、ついに定年退職を迎えるという栄えある日、尾崎は「○○さん、もう明日から会社に来ないんですね。もう○○さんに会えないんですね……」と言って涙を浮かべていた。尾崎にしてみれば、身近な人が定年退職をする瞬間を初めて見たので感極まったのだろう。その純粋な心をどうこう言ってはいけないのは分かってるけど、「お前が泣くとこ、そこ?」―――そのトンチンカンぶりにざわつく部署の皆に対し、三年目がひたすら目で謝っていた。

尾崎―――君は、とっくに支配から卒業しているのかもしれないね。これからも信じられぬ大人たちに負けないで、僕が僕であるために、我が道を行くがいい。
何のこと。

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