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「のど自慢」最強説

「のど自慢」には、毎回やられる。

一から説明します。私はNHK「のど自慢」が好きだ。前歯2本抜けっ放しブラックホールの奥から覗く金歯。その金歯を丸見せしながら、大きな口で演歌を熱唱する爺さん。間の抜けたタイミングでカーンとひとつだけ鳴った鐘に、客席からは微笑ましい笑いが漏れ、アナウンサーが爺さんに駆け寄り肩を抱く。「関口町(仮名)から来た、小佐野甚吉(仮名)ですっ!86才ですっ!」カメラが客席に向けられる。「お爺ちゃん、頑張ってー!」手作りの横断幕をかかげ、感激のあまり泣いている漁師の息子とその嫁と孫。嫁の髪の毛はパサパサで、レンガ色に染められている。東京の美容院では決してかなうことのない、艶0、アッシュ感0のレンガ色。旦那と孫と共に、義父が無事に出番を終えたことに涙ぐみ、大きく手を振っている。きっと今晩は、旦那が釣り上げた魚を裁き、近所の人を呼んでのお疲れ様会だ。前掛けをかけ、ビールやおかずを運ぶのに、台所と食卓を何度も行ったり来たり……。「おーい、マサコー、お前もちょっとは座って食えってばぁ」と、酔った旦那に呼び寄せられ、旦那の隣にちょこんと座る。
文句なしに、幸せだと思う。

「地方都市に住む美人嫁」、私はこの存在にかなりの興味を持ち、着目しているのだ。NHKのニュースなんかでよく見かける「今日は漁港からの中継でーす」なんていうコーナー。垢抜けない地方アナウンサーが、特設コンロの前に立っていて、獲れたてのホタテを焼いた上に醤油を滴らしたものを差し出される。「うわっ、あっちっち!しかし旨いですねー、プリップリです!」と口をモゴモゴさせながらレポートする。それを、画面の端で大人しく見守っている嫁。西川の羽毛布団みたいな花柄の前掛けをかけ、つっかけサンダルを履き、例の艶0のレンガ色の髪の毛をひっめている。だけど、よく見ると顔立ちはすこぶる美人で、東京に連れて来てヘアメイクを施し、ジル・サンダーでも着せたら、モードな都会の女になり得る上玉だぞ、と。

あー勿体ない!という余計なお世話な気持ちと、あー、これぞ幸せな女像だ、羨ましい!という気持ちの何とも言えない交錯。こんな漁村に閉じこもってないで、東京に来て、夜な夜な飲んだら楽しいよ!とか思ってみるものの、次の瞬間、新沼謙治の「嫁にこないか」の歌詞を思い出す。

嫁に来ないか 僕のところへ 桜色した君が欲しいよ

圧倒的だ。桜色の頬をしているハタチそこそこの女子。小さい時から知っている近所の謙治君に、こんな風に真っ直ぐに「君が欲しい」と言われる。桜色の頬を更にパーッと濃く染めて、うんと頷き、嫁に行くのだ。そして、「のど自慢」に出る義父の応援に駆けつけるのだ。
実に正しく素敵だ。

その確信を深めた直後の本屋。ふと目に留まった雑誌「クロワッサン」に、中高年女性向けのこんな特集の文字を見つけた。
「断捨離。今、一番捨てたいものは『夫』です」……。

そして夜、テレビをつければ、東京に住む女の子たちが、タラレバ言って、結婚に向けて右往左往しているドラマが放送……。

一体、何なのかしら?
コンクリートジャングルの片隅で、私はグルグルと要らぬことを考える。けれど、日曜の昼間、再び「のど自慢」を見たならば、そんなチマチマした堂々巡りは一気に破壊されるのだ。
「のど自慢」最強。そうとしか思えない。

「コンテンツ会議」って、そういうことじゃないよね、むしろ「タラレバ」のことを書くべきだよね、と思いつつ、ハッシュタグをつけてみる。

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