「下の動物園」(上)

 「かににさされてちががでた」

 わかりますか?

 「蚊にに刺されて血がが出た」です。幼児の言葉です。うちの息子からも聞いたことがあります。娘からはないかな。あ、どうでもいいか。しゃべり始めた頃の、けっこう知られた普遍的な誤用のようです。

 どうやら幼児は一文字(一音節)の語の存在を否定しているらしく、勝手に2文字にしてしまいます。

 それにしても、他動詞(刺す)の受け身形の主格を「に」で継ぎ、自動詞(出る)の主格を「が」で継ぐというのがキチンとできているのは、かなり優秀な日本語初級者と言えるでしょう。ほんと、子供はどんな仕組みで言葉を覚えるんでしょうか。

 聞いたことはないんだけれど、「毛」も一文字です。とすると、
 「あのおじちゃん、けががない。どーして」とでも言うのでしょうか。
 誤用のおかげで、お母さん、あわてて子供の口を押さえずに済んでよかったですねえ。

 さて、表題。
 子供を上野動物園に連れて行きました。
 「トラもライオンも、パンダさんもいるよ」
 「行くぅー!」
(中略)

 「ゾウさん、大きかったねえ。次はモノレールに乗って下の動物園に行く?」
 「行くぅー!」

 というわけで、上野のお山の上の動物園と、動かない鳥ハシビロコウやワニがいる不忍池ほとりにある下の動物園と2つの動物園に連れて行ったことになってしまいました。

 ここで言いたいのは、幼児の固有名詞の認識です。上述例の子供は「うえの」を地名と認識していたのでしょうか?
 もし、していたとしても、お父さんのいたずらのせいでゲシュタルト崩壊(笑い)してしまったかも。

 考えてみると、幼児が認識している固有名詞は、まず自分の名前とお友だちの名前ぐらいじゃないでしょうか。ふだん、お父さんやお母さんの名前なんか使いません。幼稚園や保育園に通っていたら、○○先生は覚えるでしょうが、お友だちのお母さんは「△△ちゃんのママ」です。英語では「ジョンソン」ではなく「ジョンマ厶」になります。

 夫婦別姓が制度化されて、それを選択した家庭では、親子の苗字が異なることになりますが、とりあえず子供には気づかれずに済みます。

 でも、どこかの時点で、「どーして△△ちゃんとママは苗字が違うの?」あるいは「どーしてウチは…」と疑問を聞いてくるかもしれません。

 この項、(下)に続く。

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