見出し画像

第31夜 超次元に漂う持論たち

 星の数ほどの大学から星の数ほどのの卒業論文が生まれた。それらは学生がその時までに備えた知識の系統立てられた努力の結晶だ。SNSのような衝動的な吐露ではない論理的な持論。優劣はさておきそれぞれ脈絡は一応ついた文章たちだ。学生だけではない、大学という最高学府で研究を行うもの、教鞭をとるもの、彼らの学術論文も星の数ほど生まれ、そして大半は日の目を見ない。それは発表の場がごく少数に限られているからだ。正確に言うと権威ある発表の場が、だ。学術論文はそこで厳選の末に世に公表される。権限者のみに与えられた差配は、あまたの論文の取りまとめ役という存在の大きさと信頼あってのことなのだ。
 「編集長、今はいくらだって格納できるんです。やりませんか!」
出版社の企画出版編集部で働く朝香淳奈は編集長・遠山の席の隣で腕組みをしながら圧倒している。文字情報ならどんな量でも格納可能なストレージを持つ今、すべての学生と、研究者、教員の論文ファイルを一手に自社で請け負い、知の貯蔵庫を作ろうというのが彼女の主張だ。
「おまえそんな玉石混交を抱えてなんの得があるんだ? ただでさえ出版界は苦境だ。学術論文なんてのは編集作業も入ってないレアデータみたいなものだ」
「何言ってるんですか! 論文は作成者が推敲を重ね作り上げた完成物なんです。確かに優劣はあることは覚悟していますが、そんな中にもまだ世の中に出ていない発想があるはずなんです」
「そんなもんはもうSNSにあふれてるんじゃないか? みんなに支持されりゃリツイートされたりして拡散するだろうが、ピンとこなかったものなんかはタイムラインで過去のものへと葬り去られている」
「それが問題なんじゃないですか。わたしを例に出してもしょうがないですけど、私は法学部で卒業論文をトランスジェンダーの権利の曖昧性について書いたんですけど、今は出版社であまり関係ない仕事をやってます。そんな風に論文を書いたころと全然違うジャンルで活躍している人ってたくさんいると思うんです。そんな人の今の成功に学生時代の発想がどんなふうに発展していったのか探るなんて楽しくないですか?」
「たしかにそれは面白いが、この先そんな発想もAIが凌駕していくんじゃないか? 人一人の発想じゃなく、AIは膨大なデータを解析して編集するわけだろ。俺らだってうかうかしてたらあっという間にやられちゃうよ。まあせいぜいAIとのお付き合いの仕方を考えておいたほうがいいんじゃないか?」
 遠山はそういって次の仕事に向かっていった。朝香はこの提案には自信があった。自分はこれまで文芸部で作家の原稿をたくさん読んできたが、新たな創造世界が文字によって生まれていく様はいつも痛快だった。それは作家が何度も試行錯誤を繰り返して生み出した完成形だからだ。書店や図書館のように論文データを溜めたい。デジタルなんだから絶対にできるのに…。朝香は遠山が話に出したAIがひょっとしたら何か助けてくれるんじゃないかと思いチャットGPTを開いてみた。

#全世界の学術論文を一か所に格納することはできる?
@現時点では、全世界の学術論文を一か所に格納することは非常に難しいです。多くの学術論文がさまざまな分野で発表されており、著作権やアクセスの制約なども考慮しなければなりません。一部のデータベースやリポジトリは多くの論文を収集していますが、すべての学術論文を完全に一か所に格納するのはまだ遠い未来の可能性と言えるでしょう。
 
#じゃあ卒業論文は?
@卒業論文は、大学や研究機関の学生が卒業要件として提出する研究報告書です。これらの論文は大学の図書館やオンラインリポジトリなどでアーカイブされることが一般的ですが、すべての卒業論文が一か所に集約されているわけではありません。ただし、いくつかのデータベースやウェブサイトでは、特定のテーマや分野の卒業論文を検索できる場合もあります。

朝香は肩透かしを食らった気持になったが、すこしこいつと遊んでみることにした。

#この回答者はどこにいるの?
@私、ChatGPTはインターネット上のサーバーに存在しています。具体的な場所ではなく、OpenAIのサーバーファームの一部として、世界中の複数のデータセンターに配置されています。私はリアルタイムに応答しており、あなたが質問を投げかけるたびにデータセンターの中の一つが処理して、回答を提供しています。

#この答はどこから持ってくるの?
@私の知識は、訓練時に収集された多くのテキストデータから学習されたものです。インターネット、書籍、記事、ウェブサイトなどのテキスト情報が含まれています。そのため、私の知識は2021年9月までのもので、それ以降の情報は持っていません。どのような情報をお探しですか?

 今はこれ以上聞く気にもなれなかった。きっとこんな調子で論文なんて数分で書き上げちゃうんだろう。そして結構数字データなんかも駆使してそれなりのものだったりして。もちろん過去のいろんな論文がネット上に上がっているならそれも吸収してるはずだから、どの論文から引用したのか回答するなんてお茶の子さいさいでしょうね。じゃあ、いまだ権威ある場では未発表な学説の論文を取り入れ続けているうちにAIが「@こんな考えはまだどこにも発表されていませんがいかがでしょう。*****」なんて提示してくる時代が来るわね。それを繰り返すうちにAI自体が学説を作成するようにきっとなるわ。あんな数秒で回答するなんて人間には無理だから置いてけぼりにされて、いずれAIのはるか先に行ったぶっ飛びすぎる学説に人間はついていけないなんてことになっていくはずだわ。今は理解の及ぶ範囲で良しとしなくちゃいけないわね。
 朝香は人類の限界が見えたような気がして気が滅入った。じゃあと究極の質問を入力してみる。

#人間は3次元を超越できる?
@人間は物理的な存在として3次元の制約を持っていますので、3次元を直接的に超越することは難しいとされています。しかし、思考や創造力などの精神的な側面では、4次元以上の概念を考えたり表現したりすることは可能です。科学や哲学の領域では、これに関する議論や仮説が存在しますが、現実の制約を超えることは難しいとされています。

意識だけ飛び出していればいいのね。たしかに亡くなった知の巨人たちはみんなそっちにいるもんね。やっぱり考えることって止めちゃいけないし、上書きしていかなくっちゃいけないわね。もう一回編集長説得しなくちゃ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?