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川上弘美に影響を受けた自由作文

いま読み返せば、なんとまあ盗作そのものだと目をひんむいてしまう。

当時の私は、あるテーマに基づいた短編小説のシリーズものを読んでいて、そのなかのひとつにとても心に残った作品があった。


川上弘美さんの「海馬」という作品だった。

この作品に惚れに惚れこんだ私は後日、この物語がふくまれた彼女の本を買った。

「龍宮」という本の、ラストの物語がこの「海馬」だった。


この作品を読んで、切ないという感情がぶわぶわと溢れては私の中に留まった。

どうしてこんなストーリーを思いつくんだろう。

小学生のとき、私の将来の夢は「小説家」もしくは「漫画家」だった。

ストーリーを作りあげるのが好きだった。

だから中学生になって「漫画家になろ」と決めたとき、絵をうまくするより話をおもしろくしたいと考えて、歴史の授業に夢中になった。

高校生になって、いちばん力を入れた科目は「世界史」だった。

いつかエリザベス女王の話をベースに、物語を描こうと思ったものだった。


私は小説家にはなれない。

そのことを、この学生時代の作文を読み返して、今はっきりと痛感した。


この作文には、A⚪︎がついていた。

A⚪︎とは、A評価にプラスαがついたもので、A以上の評価となる。

尊敬する国語の先生の授業で、そんな評価をもらっていたからか、「村上春樹のカンガルー日和からつくった自由作文」と同じように保管しておいたのだろう。

この自由作文に、タイトルはない。

今つけるとしたら、なんだろう。

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海猫


 その日の海はひどく荒れていて、いつもは観光で賑わっている浜辺も人はほとんどいなかった。

天候も悪くなり、冷たい雨が降り始めてしだいに台風になった。

女はチャンスだと思った。

急いで家の門を開けて飛び出した。

背後で猫が鳴いていたので連れて行こうとしたが強風と大雨で抱きかかえるのが精一杯だったので置いていくことにした。

一番のお気に入りの靴を履いて再び家の門を開けたが目の前に老婆が立っていた。

老婆はこんな嵐のような天気にどこへいくんだと言った。

女は震える声で違います、雨にあたりに外へ出ただけです、家の水より気持ちがいいのでと言った。

老婆は納得したようにうなずいて女と家に入った。

海はますます荒れ始めた。


 女はとても綺麗な髪をしていた。

金色で、水に浸すととてもよく輝いて枝毛一本もない美しい髪だった。

もっとも、女は枝毛というものを知らなかった。

老婆が女の髪を巻いてみようとアイロンをかけたことがあったが、金色の輝きは失われて強い臭いを放ち、毛は縮れしまいにはアイロンをあてた耳から下の髪がすべてなくなった。

老婆は泣いたが女は泣かなかった。

海であるものに海でないものを使ったのだから当然といえば当然だろうと、女は老婆を冷めた目で見ていたものだった。


 老婆は女に、お前の髪がなければ生きていけないんだよと言った。

幸い女に綺麗な水を流すとすぐにまた美しい髪がのびた。

老婆は女の髪を七日ごとに切り、売っていた。

おかげでとてもいい暮らしができていると言った。


 老婆は女を外に出そうとしなかった。

外へ動き回っていいのは家の庭のなかだけだと言い、ほとんど女を家へ閉じ込めていた。

ある日女が庭へ出ると泥の水たまりがあった。

女の足は茶色くベタベタになった。

老婆は女に靴を買い与えた。

水色のパンプスだった。

女はそれを見て海を強く想った。

老婆に、海に帰りたいと言った。

老婆は海を思い出したのかと言った。

違います。女はきっぱりと言った。

思い出したのではなく想っているんです、と言った。

だから海に帰してください。

老婆は何も言わず女を部屋に連れて一ヶ月も閉じ込めた。

それから女は何も言わなくなった。


 女が老婆と住むことになったのは、老婆が女を拾ったからだった。

おぼれていた猫を女が助け、猫の飼い主である老婆に引き取られた。

お前はどこから来たのかと老婆は女に問いた。

海から来ました。

女はそれだけ言うと海へ帰った。

後日、老婆が再び海へ行くと女が一人静かに座っていた。

老婆は女に声をかけた。

お前海へ帰ったのではなかったか。

女はそうですと答えた。

ではなぜここにいるのか。

興味があったんです。

何に対してか。

陸にです。

陸はつまらない、と老婆は笑った。

それでも良いならお前を引き取ろう。

女は老婆について行った。

老婆の家は貧しかったが、女の綺麗な髪を売ると豪邸を買った。

海が荒れるようになったのはその頃だった。


 海に帰りたいと強く思い始めた女はよく海を眺めるようになった。

そのたびに海は荒れた。

海は女を呼んでいた。

女は海を想って泣くと海はますます荒れた。

帰りたいと願ったが帰り方がわからなかった。

この家からどうやって行けば海にたどり着けるか知らなかった。

老婆は海から女を遠ざけていた。

家から見える小さな海で、女は平常心を保っていたが海は女が泣くたびに荒れ人を飲み込んだ。


 猫がいなくなった。

老婆が女の髪を売りに行っているときだった。

女は青ざめた。

猫を探しに外へ出た。

しかし道がわからない。

女はゆっくりと歩き始めた。

もう少しで老婆が帰ってくる、急がなければ。

そう思うが、足の動きは鈍かった。

老婆は猫がいなくなったことを知ったらどうなるだろう。

自分を殺すだろうか。

不思議と恐れはなかった。

海が見えてきた。

家の窓から見る小さな海ではなく、なつかしく大きな海だった。

後ろから猫の鳴き声が聞こえた。

探していた猫だった。

抱きかかえようとすると老婆の姿が見えた。


 女は猫を抱き海へ走った。

老婆が追いかけてくる。

冷たい水が女の足を温めた。

何年ぶりに触れる海だろう。

女は靴を履いていることに気がついた。

老婆にもらった水色のパンプスだった。

女は靴を脱ぎ捨てた。

老婆が何か叫んでいる。

海は荒れていなくゆるやかだった。

女が帰ることがわかっていたのかもしれない。

抱きかかえた猫を見ると苦しそうだった。

自分が助けた猫を自分で海におぼれさせることになった。

老婆はもう見えない。

女の綺麗な金色の髪が猫を包んだ。

女は猫を連れて海へ帰っていった。



ストーリーの構成はまさしく川上弘美さんの「海馬」から着想を得たものだ。

というかパクリそのまんまとも言えるだろう。

「海馬」はとても素敵な切ないストーリーですので、ぜひ読んでみてくださいませ。



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