お掃除屋さんの営業をやってみる
さて、占いで遊んでばかりもいられません。
いくら家賃の安いところに住んでいるとはいえ、収入がなければ、いずれ生きてはいけなくなります。早いところ、お仕事を見つけなければ…
青年は、近所の牛丼屋に通うのが好きでした。
それまでの人生はずっと実家暮らしで、しかも外食なんて年に1度あるかないかといったところでしたので、外でお店に入ってご飯を食べるというのが楽しくて楽しくてたまりませんでした。
「こんな美味しいものが世の中にあったんだ!しかも、値段も手ごろでありがたいな~」などと思いながら、毎日のように牛丼屋に通っていました。
そこで、当然のごとく仕事先も牛丼屋を選びます。
生まれて初めて履歴書というものを書いて、電話をかけて面接にこぎつけ、近所の牛丼屋に向かいました。
特に面接専用ルームのようなものがあるわけでもなく、普通にお客さんと同じようにカウンターに座って面接を受けます。
ところが、ここで1つ問題が起きてしまいました。当然のことですが、学歴の欄で文句を言われたのです。
「どうして、高校を途中で辞めたのか?」と、牛丼屋の面接官に詰問されます。
さらに「そんなコトでうちの注文を覚えきれるのか?」という質問が飛んできます。
「まあ、記憶力はいい方なので」と青年は答えますが、全く聞き耳を持ってくれません。あげくの果てに、面接官とケンカになってしまいました。口ゲンカです。
なにしろ、あの地獄のような家庭で鍛えられてきたのです。口で負けることだけは絶対にありません。失礼なコトを言ってきた面接官をズタズタに傷つけてやりました。
もちろん、採用してはもらえませんでしたけどね。
ここで青年は気づきます。社会に出てみて初めてわかったのですが、10代の大半を費やして地獄で鍛え上げた「戦闘能力」が全然役に立たないのです。
ここがゲームの世界ならば、無敵を誇ったことでしょう。でも、ここは現実世界なのです。戦闘能力なんて必要ありません。むしろ、最も必要のない能力とさえ言えます。
社会を渡り歩いていくのに必要なのは、むしろ戦闘能力とは全く逆の力。「人と和解し、仲良くなる能力」だったのです。
青年は愕然とし、膝から崩れ落ちそうになりました。
「これまで身につけてきた能力の数々は何だったんだろう。全然意味なかったじゃないか…」と。
*
日をあらためて、今度は全く別の職種に挑戦しました。営業職です。
道に張ってある怪しい張り紙を頼りに電話をし、事務所にたどり着きました。
「こんにちは~」と緊張しながら、青年は事務所のドアを開けます。
部屋は結構広く、15畳くらいはあるでしょうか?床はフローリングで、部屋中になんだか怪しげな機械が何台も置いてあり、よくわからない薬品のボトルがあちこちに散乱しています。
部屋の中には背の低い40代くらいのおじさんが座っていました。
「おう、来たか。お前が電話してきた奴か」
この人が社長でした。ここは、清掃業者の事務所なのです。
「んじゃ、仕事の説明をするか」
社長の説明によると、仕事は飛び込みの営業で、商品が売れたら売れた分だけ歩合で支払われます。販売するのは清掃用の薬品で、継続して注文が入れば、その分も歩合制でもらえるというコトでした。
いわば「完全歩合制」というヤツです。
「ちょっと大変そうかな?」と思いましたが、背に腹は代えられません。それにこんな経験でも、何かの役に立つかもしれないのです。たとえば、小説を書くための役に。
…というわけで、いとも簡単に新しいお仕事が決まってしまいました。
世の中の多くの人たちは勘違いしています。「仕事がない。生きるのは大変だ!」などと嘆いてばかりいますが、そんなコトはありません。実は、いろいろと条件を気にして選んだりしなければ、仕事なんていくらでもあるのです。
そういえば、このお掃除屋さんの社長、青年に向かってこんなコトを言っていました。
「お前は、言うことだけは立派だな。だが、現実味がない。もしかしたら、大きな仕事をやってのけるようになるかもしれんが、危うさもある。将来は、社長かホームレスだな」
なんだか、いつだかの病院の先生のセリフに似ていますね。
noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。