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小説家として必要な能力と足りない能力

さて、漠然とした形とはいえ、将来の夢を「小説家になること」と設定した少年でしたが、自分にはその才能がないことを自覚していました。

なにしろ小説が書けないのです。「書こう!書こう!」とは思うのですが、気は焦るばかりで筆は全然進みません。

これでは小説家になどなれるはずがありません。だって「小説が書けない小説家」などいるはずもないのですから。

そこで少年は、自分の能力を分析し始めます。「小説家になるのに必要な能力」「自分が持っている能力」にわけて、紙に書き出してみました。

すると…

自分が持っている能力はたった1つだけ。そこに書かれていたのは「空想する力」それだけでした。残りは全部「持っていない能力」です。

たとえば、「重厚なストーリー」「読者を驚かせる発想力」「大量の登場人物」「人並外れた語彙力」「生き生きとした表現力」「リアリティのある情景描写」「最後まで小説を完成させる能力」などなど。必要な能力は数十項目に及ぶのに、持っているのは、たった1つだけ。足りないものだらけでした。

         *

少年が言う、自分がたった1つだけ持っている「空想する力」とは、一体どのようなものだったのでしょうか?

たとえば、こんな感じです。

この現実世界とは違う別の世界。
草原の真ん中にポツリと1軒の宿屋が建っています。
宿屋には1人の少女が住んでいました。少女はおじいさんとおばあさんと3人暮らしでした。
そこに1人の旅人がやって来ます。背の高いがっしりとした体つきをした男でした。旅人は数ヶ月の間、宿屋で暮らすと、一生暮らせるだけの宝石を残して去っていきます。
少女はそれを知り、宝石をカバンに詰め込むと、旅人を追いかけて家を飛び出します。少女もまた旅人となったのです。
少女は最初の街で持っていた宝石を惜しげもなく川に投げ捨てます。
その後、行く先々で皿洗いなどしながら、様々な街を転々とし旅を続けました。
旅の途中で少女は自分が妊娠していることに気づきます。あの旅人の子でした。そして、旅人は戦闘に巻き込まれ死亡したことを知ります。
少女はある山で修行を積み、ライチョウと雷を操る術を身につけます。その山で子を産むと、愛する者のため、ひとり復讐へと向かうのでした…

どう考えても、自分自身の体験ではありません。これまでに読んだ本にも、見た映画にも似たようなお話はありません。けれども、まるで自分が体験したかのようにありありと頭の中で再現できるのです。

ただし、それを文字として表現することができません。頭の中に映像として存在しているのに、文章として書き表すことができないのです。

それは非常にもどかしいことでした。そして、同時に当然のことでもありました。何の訓練も積んでいない普通の少年が、映像をそのまま文章化することなどできはしないのです。


それに、少年が見ている「記憶」は、断片的な映像に過ぎません。物語として完成させるためには、1つのストーリーとしてつながっていなければならないのです。けれども、少年が見る映像は、どれもバラバラな情報ばかりなのです。

先ほどの物語は、作者が勝手に1つのストーリーとしてつなげて、あらすじにしてみたもの。この時の少年が見ていたのは、部分的な映像。たとえば、「宿屋に住んでいる少女がまきを割ったり、桶に水を汲んだりする」「旅人を追いかけて家を飛び出す」「川に宝石を捨てる」「仙人のもと、山で修行する」「出産する」「ライチョウを操る」「復讐に駆られて子供を置いて去っていく」などといった感じで。

ただし、その1つ1つが「まるで自分の体験した人生のようにハッキリとした記憶」として残っているのです。

いずれにしても、小説家として与えられた資質が「たった1つ」ではどうしようもありません。絶望的でした。

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お話を元の流れに戻しましょう。

少年が「小説家として必要な能力」と「自分が持っている能力」を紙に書き出したところからです。

実は、この瞬間「マスター・オブ・ザ・ゲーム」が条件を満たし、能力が自動で発動していたのです。少年自身は気づいていませんでしたけどね。


「好きこそ物の上手なれ(マスター・オブ・ザ・ゲーム)」

興味の対象をゲーム化し、クリア条件に応じて「最短時間」「最短ルート」を割り出す能力。常人の数倍のスピードで目的を達成していく。


少年は「恐るべきスピードで任務を達成していく」という自分の特殊能力に気づいてはいませんでした。ただ、直感的に「これは長い戦いになるな」とわかってはいました。

「10年か?20年か?数十年か?ヘタをすれば一生無理かもしれない」

常人の数倍のスピードで目的を達成していく「マスター・オブ・ザ・ゲーム」の能力をもってしても、果てしない時間がかかる。少年が選んでしまった「小説家になる」という夢は、それくらい途方のないものだったのです。

しかも、ただの小説家では駄目です。「世界一」にならないといけないのですから。誰も見たことのない。今後、数百年に渡って語り継がれ、人々の心に残り続ける。そのような作品を生み出さなければなりません。

なぜ、そのような目標を立ててしまったかと言えば…

やはり、あの母親の影響があったのでしょう。潜在的にとはいえ、呪いはかかり続けていたのです。「常にトップであれ!どのような世界でも一番であれ!歴史に残るような大人物になれ!」そのような呪いです。何点取ってきても満足できないような母親を納得させるには、世界で一番になるしかないのです。


それでも少年はあきらめません。

「才能がないならどうすればいいのか?」

毎日毎日、そのコトを考え続けました。周りの子供たちはみんな、勉強に没頭したり、恋や遊びに熱中している多感な時期。人として最も大切な時期に、少年は日々過酷な戦いを続けていたのです。誰に頼ることもなく、たったひとり孤独に。

そして、ついに結論が出ます。その結論はこう。

「才能がないなら、才能を身につければいい!」

そう!彼は才能というモノは「生まれ持った資質ではなく、後天的に身につけられる能力の一種である」と判断したのです。

この考え方は、ある意味で当たっています。ただし、元々持っていないモノを手に入れるのは、それに応じたリスクというものが必要になります。

この時の少年は、まだそのコトに気づいてはいませんでした。能力に応じて、はかり知れない犠牲を払わなければならないことを。その能力を手に入れるために、どれほど大きなリスクが必要になるのかを…

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。