◎テルツェット最速本命発表~VM編~
最後に俺が発表する、一頭の本命馬。
俺の目にはもう、この馬が一着でゴールする姿が明確に見えている。
今から一年前、俺は同じくヴィクトリアマイルでこの馬を本命にしていた。
最強のマイル女王、グランアレグリアが他馬を寄せ付けることもなく圧勝したこのレース。
世間の支持も圧倒的にグランアレグリアに集中し、評価通りの強さを見せつけたレースだったと言えるだろう。
だが、俺はこのレースを迎えるまでに空前絶後の勢いでこのレースに対する自信を周囲に吹き散らかしていた。
「グランアレグリアは確かに最強だよ。この馬が世界にいなければ、の話だけどね」
「大金星じゃない、通過点だと思ってる」
「単勝1.0倍でも俺はこの馬を買うよ。だって勝つんだから金は減らない」
「歴史が変わる瞬間を見届けるのって、どんな気分なんだろうな」
「2着に5馬身差付けられなかったら俺の負けでいいよ」
「人生を変えるのって簡単だよな。だってこの馬の単勝に全財産突っ込めばいいんだから」
「本気で言ってるのかって? 逆に、お前は本気でその質問してるのか?」
「この馬だけ100m後ろからスタートしても馬券内は堅いっしょ」
「このレースの配当で今後生活していくから退職届の書き方調べたわ」
揺らぐことのない自信を胸に抱き、俺は5万円もの馬券を購入した。
単勝馬券を筆頭に、馬単3連単、全て本命馬を1着固定で馬券を購入した。
勝ったお金で何をしようか、ワクワクしながら俺はレースを見届けた。
…結果は惨敗だった。
競馬仲間たちから俺は怒涛の勢いで馬鹿にされた。
浴びせられる冷たい視線、止まらぬ嘲笑、背中に流れる冷たい汗。失ったお金。戻らない時間。
後悔したよ。
あんなに強気に吹き散らかしたこと。
後悔したよ。
皆に馬鹿にされて辛かったもん。
後悔したよ。
皆の言うとおりにすればよかったってさ。
…だけど一番後悔してるのは、愛する馬を信じたことを後悔したことだ。
痛い目見た。恥もかいた。金もなくなった。
でもあの時感じたナマの痛みが、俺の心に火をつけてくれたから。
そういうの、なんつうの、反骨心とでもいうのかな?
俺は怠け者だから、そういうもんが無いと本気で熱くは生きられねえ。
負けられるのは、戦った者だけ。
裏切られるのは、信じることができた者だけ。
なら俺は、何度だってこの馬を信じてみせる。
生まれた時から諦めは悪い。
「諦める」なんて選択肢、ハナから産道に置き捨ててきた。
2022年5月15日。
東京競馬場に行われる、ヴィクトリアマイル。
去年本命にしたこの馬を、今年も俺は本命とさせて頂く。
本命は、テルツェット。
世界を変える、1600メートルの旅路が今始まる。
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