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薬物依存…「治る」と「回復する」のちがい。

本稿は,法務教官時代の経験をもとに薬物依存と少年院で行われている回復プログラム等について記載したものです。
科学的なエビデンスや確実な理論に基づくものではなく,あくまでも現場経験の言語化としてお読みください。

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1)はじめに

薬物を含むすべての依存症は,現在,世界中の様々なところで研究が行われています。

しかし…

依存は理論の中で起こるわけではありません。

理論が先にあるのではなく,依存が先にあって,理論は常に,その後を追いかけているのです。

依存を抱える人はみな,誰一人として理論に則って依存しているわけではなく…また理論通りに回復しているわけでもありません。

依存症への対処に限らず…あらゆる心理的・教育的なアプローチは,仮説に基づく試行とその結果の集積から導き出された…

①成功確率が高い
 or
②失敗確率が低い

手法の体系化に過ぎないのです。

脱サラして人生を謳歌している人の方法論が多くの人にもてはやされる一方で,それを(少なくとも形の上で)真似しながら,脱サラ後に地獄を見る人が跡を絶たないように…

また

明らかに少数派であったトルネード投法や振り子打法が,野球界を牽引する実績を挙げたように…

「理路整然と組み立てられた手法で失敗する者」と「統計的・理論的には証明できない手法で成功する者」の例は,日常に数え切れないほど存在しています。

これから僕が書くことも…

ある成功者にとっては間違いかもしれず…
またある者にとっては否定したい事実かもしれない。

ですが…

これもまた,僕が現場で経験した事実と,そこに直面しながら考えてきた一個人の意見として読んでいただけたら幸いです。

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2)薬物依存と一口に言っても…

その対象となっている薬物は実に多種多様。
そして,それを扱う法律も多様です。

(覚えなくても大丈夫です)

覚 醒 剤 (覚せい剤取締法)
大   麻 (大麻取締法)
あ へ ん (あへん法)
麻   薬 (麻薬及び向精神薬取締法)
処 方 薬 (医薬品医療機器等法)
シンナー(毒物及び劇物取締法)

法律が分かれている具体的な経緯は知りませんが…

本来の(適切な)用途があるものや,人が人為的に造り出したことから対応に迫られたものなど…薬物固有の事情によるものと思います。

シンナーは塗装業者にとっては日常的な資材ですし,大麻は医療用で使われることもある。あへんを元に生成されるモルヒネは,麻酔薬として使用される。

「有害なリスクがあるのならばすべて禁止しろ」とは言えない状況がそこにあるのです。

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3)用法用量を間違えれば,どんなもの(こと)でも依存は起きる

「違法薬物だから依存が起きる」というのは間違いです。

ベ◯ザブロック等,市販薬のCMでよく耳にすると思いますが,薬は本来「用法用量を守って」正しく使うことによって,恩恵を受けるもの。

用法用量を守らないことによって,人体に大きな影響が生れ,依存性が高まる…

これは薬物に限った話ではなく,ゲームやスマホも同じですし,セックス依存や,恋愛(だと本人が思っている)相手への依存なども同じです。

医学的に「依存症」として認定されているものだけが全てでもありません。

MDMAや危険ドラッグのように,明らかに人の快楽を”めがけて”作られた違法薬物もありますが…

基本的に人は,用法用量次第で良くも悪くも何かに依存する可能性を秘めているのです。

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さて…

前置きはこのへんにして本題へ。

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4)少年院で見た薬物依存

中には,依存故の激しい症状(幻覚によって叫び声を上げるなど)を見せる者もいましたが…

少年院に来る前に,逮捕〜留置場〜少年鑑別所とだいたいひと月以上を薬物のない状態で過ごしていますので…少年院に来た時点で身体の中に薬物はありません。

ですから…

いわゆる「キマってる状態」で接することはありません。

それでも…

覚醒剤,大麻,MDMA,危険ドラッグ…
大半の薬物使用者とは関わったと思います。

個人差はあるものの,それぞれの薬物には基本的な効果の方向があり,当然それは,薬物を断ったあとにも影響を与えます。

「薬物の効果の方向」というのは…

アゲるのか
サゲるのか

ということです。

その薬を使うと覚醒してテンションが上がるのか
反対に薬を使うことで酩酊状態になるのか…

ということ。

コン◯ックなどのCMでよく「眠くなりにくい」というフレーズを耳にしますが…

あれは裏を返すと,大抵の風邪薬は本来「眠くなる成分を含んでいる」ということです。

眠くなる=下がる

ですね。

アルコールはアガるために飲む人が多く,
ニコチンはサゲるために吸う人が多い…

気がしませんか?

一口に違法薬物と言っても,その効果はみな違う。

だから

「薬物使うとみんな無駄にハイテンションになる」みたいなのはちょっと誤解です。

ついでに言っておくと…

まぁ当然,かなりの量を使っているからですが…

「大麻は人体に害がない」も大嘘ですね。

大麻をキメて依存が強い人は,体感レベルではとにかく「だらしなく」なります。服装や衛生観念が。

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5)市販薬でも依存は起こる(余談)

ベ◯ザブロックやパブ◯ンでも依存は起こります。

脅したいわけでは断じてありませんが,頭痛薬や総合感冒薬の依存から精神疾患になったり,自殺した例もなくはないのです。

合法的に安価で買えるため,依存が進行すると一番断つのが難しい薬物だと言っている人もいます。

「用法用量を守って」は本気の話です。

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6)「治る」と「回復する」のちがい


薬物依存は治りません。

当事者(つまり過去に覚醒剤などをを使用していた人)の中にも「俺は治った」と言っている人もいるので,100%治らないというわけではないのかもしれませんが…

基本的な理解としては,「治らない」と思って間違いではありません。

一度タクアンになった大根は,どれだけ洗っても元の白い状態にはなりませんよね?

できることは「これ以上漬からない」を続けること。

だから…

薬物依存の当事者やその支援者は大抵…「治る」という言葉を使いません。代わりに「回復」という言葉を使います。

「治る」と「回復する」…

一般的には同じような意味ですが,依存症においては全然意味がちがいます。

「治る」というのは,元の健康な身体に戻るということ。

「回復する」というのは,身体からクスリが抜けて,シラフな状態を続けていること。

漬物は元の野菜には戻らない。でも「これ以上漬からないように」はできるということ。

もう少し詳しく言うと…

僕は今,目の前にクスリを出されても使いません。そのまま丸一日キッチンに置いてあっても,絶対に使わない。

でも

薬物依存になった人にそれは無理です。

できるのはその場を離れることだけ。
…というかそれもかなり困難でしょう。

僕には「使いたいという欲求」がなく,そして使わない。

でも…

薬物依存の人の中には「使いたいという欲求」はある。モノを目の前にしたらほぼ確実に耐えられない。

だから…

使いたいけど使ってない。
身体に薬物は入ってない。

この状態を「回復」と呼び,その葛藤は一生続くから…「回復し続ける」という表現を使うのです。

使いたいけど使わない。

そのために,健全な人とのつながりを維持し,極力,薬物から遠いところで生活し続ける…それが「回復し続ける」ということです。

ガマンとか
意志とか…

そんな話では断じてないのです。

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7)薬物は入口か終着点か

少年院の中で薬物依存の子たちの話を聞いていると,薬物に手を出すタイミングが大きく分けて2つありました。

①非行の第一歩としての薬物使用
②非行の終着点としての薬物使用

それまで多少ヤンチャではあったものの,それなりに社会生活(学校生活)を送っていたA君。

友人から大麻を勧められ,興味本位で吸ったら,音楽が身体に染み込んでくるような感覚に襲われて,気持ちよくなって一気にハマった。

以来,

部活やゲームよりも大麻がおもしろくなり,大麻を使ってる人との関わりだけで生活するように。

結果…

大麻の販売や詐欺,無免許運転等に加担。
逮捕,少年院送致。

一方,B君は逆。

小学校高学年から学校に馴染めなくなり,中学進学と同時に不良の先輩に誘われて非行集団に所属。

飲酒,喫煙,無免許運転,傷害,窃盗…

非行しない日の方が少なくなってきた頃,少し年の離れた先輩から誘われて違法薬物に手を出し…逮捕。少年院送致。

薬物をきっかけに非行したのか。
非行していて最後に薬物に出会ったのか。

そんなちがいがありました。

もちろん,どちらのケースでも,回復と更生のための課題は様々で,一様には語れませんが。

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8)薬物が欲望のすべてを満たす

大人になれば,モノの値段が段階によって違うことはもはや常識ですが…薬物の場合,それが非常に強力に作用します。

コンビニで120円で売られているジュースは,飲料メーカーからコンビニへ,120円より安い金額で提供されたもの。

薬物もこれと同じことが起きる。

空港で大規模な覚醒剤の摘発などがあると,ニュースでは「末端価格」という表現で価格が報じられる。

「末端価格」とは,健全な商売における小売値。

小売値があるということは,卸値もあるということ。仲介してる人間がいるということです。

歴史上,人間が狂うのはカネ,権力,性欲と相場が決まっている。違法薬物はそのすべてを満たす手段として使われています。

違法薬物の末端価格はべらぼうに高い。

でも

売人はいきなり高値で売りつけるわけじゃありません。

まず「味見」をさせる。それでハマれば,次からは買う。買っても買っても次が欲しくなるので,カネがなくなる。

すると売人は…

カネのなくなった客を,売人(下請け)に仕立て上げる。

友だちを連れてきな。
連れてきたらクスリやるよ。

同じことの繰り返しです。

自分の分は,自分が連れてきた客からの売上でまかなえる。薬物は「買って使うもの」ではなく「仕入れて売るもの」になっているのです。

だから

10代でも大量に使って一気に依存してしまう。

そして…

大抵の依存者は,クスリを使った状態でのセックス(「キメセク」と言います)にハマる。セックスの相手には困りません。

男の場合,クスリの客として女性を連れてくればいい。クスリを買うなら使ってから,買うカネがないなら渡す前に対価として,やる。

どちらにしてもセックスには困らなくなる。

自分で使うのみならず,売る側に回ることで,欲望のすべてを満たし始める。だから,健全な仕事などする必要がなくなり,健全な関わりもなくなる。

…捕まるまで使い続ける日々です。

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9)回復プログラム

少年院では「J.MARPP(ジェイマープ)」というプログラムが行われています。

薬物の回復プログラムとして医療機関で行われている「S-MARPP(スマープ)」というプログラムを,若年者用に一部改編したもので,認知行動療法という手法をベースにしています。

全12単元のプログラムですが…

内容を一言でいうと「徹底的な自己理解」です。

どんなときに薬物を使ってきたのか
どんな状況で薬物を使いたくなるのか

薬物と自分との関係性を,事細かに見つめ直し,言語化していく。その繰り返しの中で,それらの薬物使用のリスクに対する対処法を考えていく。

個別で行うこともありますが,基本的にはグループワークで行います。

大切なのは,素直に話すこと。

ですから,このグループワークの最中は,

「薬物を使いたい」という欲求や,
「使ったらすげー楽しかった」等の感想
「正直やめるつもりはない」等の心情も…

率直に言葉が交わされ,我々もそれを否定することなく聞いていきます。

塀の中に薬物はありません。

ですから…

どれだけ使いたいと思っても使うことはできませんし,そのような状況だから,使いたいという欲求も徐々に出にくくなってきます。

そんな状況下での回復プログラムにどれだけの実効性があるのか,という批判は確かに一理ありますが…

確実にシラフだからこそ安定してプログラムを受けられる…というのは,利点の1つです。

勝負は塀の外に出てからですが…

どんなスポーツでも,グラウンドに出る前になんの勉強もしない人が活躍することはないように…

戦場に立つ前に学ぶことの意味は,決してゼロではないと,僕は思っています。

もちろん

そこでプログラムを受けたからといって,スッキリ回復しつづけられるとは思っていませんが。

特効薬はなく,治ることはない。

だから…

出院後も,自分の中にあるクスリへの欲求を素直に見つめることと,それが許される安心安全なコミュニティが大切です。

日本では,裁判の際「もう絶対に薬物は使いません」と言わせる雰囲気がありますが…あれは正直,マイナスです。

ウソつかせてるわけですから。
ウソは依存を加速させる。

(詳しくは知りませんが…)
アメリカでは「ドラッグコート」と言って,薬物依存者の回復に力点を置いた司法制度も整備されてきているようです。
なお…
日本の少年事件の審判(家庭裁判所のいわゆる裁判的なもの)は,本人の更生のために裁判官,監察官,弁護士が共同で検討する場ですから,ドラッグコートはこれに近いと言えるかもしれません。(≠罪を裁く場)

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10)「ダメ,ゼッタイ」はマイナス

試合でミスした人間を怒鳴り散らす監督やコーチは,もはや少数派になってきていると思います。

怒鳴ったところで技術が上がるわけではなく,また,緊張や不安から次のミスを誘発しやすくなることが,明確に知られるようになってきたからです。

「ダメ,ゼッタイ」は,まだ使っていない人にはそれなりの抑止効果はあったのかもしれない。

けれど…

既に使ってしまった人の回復には,大きな障壁を生んでいるのも事実です。

これは体感レベルの話ですが…

薬物を単純な快楽目的で使う人はあまり多くないように思います。

社会や人に対する不信,不安,恐怖…
受験や営業成績などへの緊張…
孤独。

生きづらさが先にあり,そこに薬物が登場することによって,使用と依存が加速する…

そういう現実はたしかにあって,

快楽目的や興味本位と述べる者たちも,掘り下げていくとそうした負の感情への対処法として使用していたケースは少なくない。

快楽主義者だから薬物を使うのではなく…
薬物を使った結果,快楽主義者的な人格になる。

そういう理解の方がまだ実態に近いと思っています。

依存から回復し続けるには,健全かつ適度な依存先を増やすしかない。

健全な生活習慣
健全な交友関係
健全な仕事と趣味…

これらの「薬物から遠いネットワーク」の中にいなければ,薬物依存から回復していくことはできない。

薬物依存の対義語は「つながり」です。

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(関連団体等)

DARC(ダルク)
 薬物依存の当事者たちによる回復施設。
 運営スタッフも全員薬物依存者。

NA(ナルコティックスアノニマス)
 薬物依存当事者たちのグループ。
 それぞれの悩みや心情を率直に話し合うミーティングなどを行っている。世界的なグループ。

薬家連(全国薬物依存症者家族会連合会)
 薬物依存者の家族を支援しているNPO法人

・参考図書

拙著(日本一読みやすい少年院の概要解説です)

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(当事者たちがよく取り上げている「祈り」)

神よ
変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気を与えたまえ。

変えることのできないものについては
それを受けいれるだけの冷静さを…

そして

変えることのできるものと
変えることのできないものとを
識別する知恵を与えたまえ。

(ラインホールド・ニーバーの祈り)

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本稿ではあえて触れていませんが…
昨今,特に大麻をめぐる議論が実に盛んです。

その依存性や違法性について。

依存からの回復にあたっても,先に紹介した「J.MARPP」が,どちらかというと覚醒剤やMDMAなどをイメージして作られたものであることから…

「大麻依存の回復には適さないのでは?」という指摘も,一部専門家からなされています。

僕自身も,引き続き勉強していきたいところです。


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へいなか(安部 顕)
放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。