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そして「主」は天を行く

ここに向かって話せばいいんだな。……よし。
最初は名前からだな。
シモン・ラトック。29歳。
クレザで1番の老舗雑貨店、ラトック商会の副店長だ。あ、店長はカミさんな。
そこは置いといてさ、あんた、「キガーヴァ」の件で西から来たんだよな。俺が知ってるのは断片だけだが、構わないか?

ことの始まりは2週間前。この辺じゃ有名な魔女の婆さまが予言したのは、聞いてるか?え?その話は初めて?無理もないよな、このご時世に魔女だもんな。ただ、あの人は本物だよ。亀の甲羅が教えてくれる、とか言っててさ。東洋由来らしいけど、結構当ててたぜ。今回のも「有り得ぬ、2つ首のヌシ様だ」って言ってたみたいだ。
まぁ、実態がアレなんだけどな。

そう語るシモンにつられて、私も窓の外を見た。クリンズ湖の北端に、体長20mをゆうに超える大物が打ち上がっている。赤い体表から昔は「血の魚」と嫌われたクリンズロソカーヴ……の突然変異種。で合っているはずだ。
湖北の漁船半数を出して、半日かけてやっと仕留めた大物である。周りには記者、漁師、狂信者、学者、それとちょっかいを出してキガーヴァに片腕を持っていかれた人が並んでいる。

「あれ1匹で済めばよかったんだけどな」
「本当にそう思います」
シモンの愚痴に私は本心から同意した。湖の中心に、もう1匹のキガーヴァが泰然と泳いでいるのだ。しかもこちらの方が一回り大きく、周囲には木片が渦成して浮いている。昨日まで、湖北の漁船のほぼ半分だったものだ。
鰭に何本もの銛を浴び、数十機の電気ショッカーを受けてなおこの有様である。

「俺はああぁ!知ってぇるぞ!」

店内に老人の奇声が響いたのはその時だ。

「あぁんな赤坊主、屁ぇでもねぇ!」

赤ら顔で左手に瓶、右手には釣竿。歳はおそらく70過ぎか。
「あの方知ってます?」
「ああ、タルゼ爺さんだな」
声を顰めた私にシモンも釣られた。
「この湖最年長の漁師で……昨日の唯一の生存者だ」
【続く】

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