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ニンジャスレイヤー連載10年分、年ごとの自分の好きなシーン

ニンジャスレイヤー10周年、おめでとうございます。

10年間の蓄積を振り返り、私の好きなシーン・好きなセリフを1年につき1つずつ選んでみました。今回は単発でも面白さを感じられる表現をコレクションしてみたので、文脈込みで好きなシーンはまたほかにありますが、今回はこのようなものを選んでいます。

2010 メリークリスマス・ネオサイタマ

世界全土を電子ネットワークが覆いつくし、サイバネティック技術が普遍化した未来。宇宙殖民など稚気じみた夢。人々は灰色のメガロシティに棲み、夜な夜なサイバースペースへ逃避する。政府よりも力を持つメガコーポ群が、国家を背後から操作する。ここはネオサイタマ。鎖国体制を敷く日本の中心地だ。

「ニンジャスレイヤーはサイバーパンク小説だ」いうことを高らかに歌い上げるエピソードの出だし。好きです。

2011 ゲイシャ・カラテ・シンカンセン・アンド・ヘル

この判断は正しいか?それとも致命的な誤りか?答えは知らぬ。ニンジャの世界にそのようなことを思い悩む時間は無い。どちらも過ちかもしれぬのだ。後悔は死んでからすればよい!(((そう、最終的に全員殺せばよいのだ!)))

ニンジャスレイヤー=フジキドを代表するセリフの一つ。漫画版のコマはすでにネットミーム化している。作中では"決断的"と表され、メタ的には忍殺はモヤモヤを残さずスカッとした読後感を与えてくれる、その全体的テイストがこのモノローグに詰まっている。

2012 アトロシティ・イン・ネオサイタマシティ

「若えの、いいか、聞け」「人は一瞬で男になれる。変われるンだ」「…自分はもう、変われねえとか、変化には、長え時間が必要だ、と思ってる奴は、腰抜けだ」「…人は、一瞬で、変われる。良い方向にも、悪い方向にもな」「乳臭ェガキの頃を、思い出せ。お前はある日、突然、立ち上がったろ。いきなりだ。そういう変化だ。」 

ストレートに読み取っても、ダイレクトに"侠気"(おとこぎ)を刺激してくれるセリフ。実は「ヤクザが鉄砲玉を唆すときにその場しのぎで言っているセリフ」という文脈なのだが、それを乗せて読んでみても違う味わいがあって美味しい。

2013 デス・トラップ、スーサイド・ラップ

フィルギアの機転が効いた。奴はわざわざサングラスを外して喋りはしない。外した後は、嘘八百だ。その手の秘密めかした非常プロトコロルを、シマナガシは幾つも共有している。

ニンジャスレイヤーには魅力的な脇役が多い(製作技法的には「脇役」というより「他の物語の主人公をカメオ出演させている」に近い)。魅力的なキャラクターが多すぎて人気が分散しやすい嫌いがあると思えるほど。このシーンに出てくるフィルギアも人気キャラクターで、美形で、キザで、優男で、ミステリアスで、それでいて信念があって、やるときは力がないなりに出し抜いてやり遂げる、夢女子的なキャラクターだが、それを設定だけではなく読者の心情に合わせて体現する筆力があり、厭世観を交えることで夢女子的要素が決して嫌味にならないという、そんなキャラクターの魅力があふれるシーンだと思う。

2014 トゥー・レイト・フォー・インガオホー

「……ありがとうよニンジャスレイヤー=サン。あんたにとっちゃ一銭の価値もねえ、俺の身勝手をよ。犬死にしに行くだけの意地を、わざわざ……」「構わん。犬死にする自由がある」

「犬死にする自由がある」と突き放している点はドライ。同じ立場の弱い人間の身勝手を助けているという点ではウェット。さらに、このセリフ全体では大意【市民、幸福は義務です】と言ってくる政府に抵抗して「犬死にする自由」を行使しに行く場面。物語やキャラクターが複数の側面を併せ持ち交じり合う忍殺の物語の魅力の結晶のようなセリフだと思う。

2015 ローマ・ノン・フイト・ウナ・ディエ

サツキ。研ぎ澄ませたカラテをほんのコンマゼロゼロ数秒間に集束し、その瞬間だけ敵の打撃を無効化する高度なチャドー防御。その瞬間。その瞬間だけに。螺旋を描いたスパルタカスの龍の炎は両の足によってドリルめいた渦を作り、穴を穿つ。打撃の回数は一度ではない。攻撃持続時間は一瞬ではない。
……ニンジャスレイヤーは左腕の捻じれを解放した。サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!「イヤーッ!」サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!サツキ!
……サツキ・サツキ・サツキ・サツキ。無音の瞬間が訪れ、世界にはスパルタカスとニンジャスレイヤーだけが在った。ニンジャスレイヤーは空中のスパルタカスに右拳を打ち込んだ。ジキツキ。

ニンジャスレイヤーの作者インタビューによれば、プロットを仮想的な映像に一度落とし、それを再び書き留めて小説化しているのだという。このため、この小説は文字を読むことで映像が浮かび上がってくることがよくある。このシーンでは、読者の多くが格闘ゲーマー梅原大吾の有名なプレイを幻視した(格闘ゲームになじみがない方は申し訳ない)。ゲームプレイすら勢いを落とさず「文字による映像化」を行う、単純なようでいて文章技巧の詰まった好きなシーン。

2016 アルパイン・サンクチュアリ

「リケ=サン、マダ、イマスカ?ヒッコシ、デ」
「先ほどから喧しいわ!黙りおれ!イヤーッ!」KRAAASH!フローズンの拳がイチバンのUNIXモニタを砕いた。イチバンは機能停止した。
「これでせいせいしたな」フローズンが言い放つ。イチバンのUNIXモニタはバチバチと火花を散らしていた。
「イチバン!イチバン!イチバン!」リケは狂ったように叫んだ。

ニンジャスレイヤーは不可分な連続の話というわけではなく、独立したエピソードの集合体である。このスタイルを極めていくうち、各エピソードで恐ろしく速くキャラクターを立てるようになっていく。このエピソードでは、ロボットのイチバンちゃんとエンジニアのリケのほのぼのとした日常をA4用紙1枚ほどで作り上げ、それを破壊するフローズンは文字通り行ごとに悪役ポイントを高めていく。最終的に主人公の"餌"となるわけだが、この恐ろしく速いキャラクターの立て方が詰まったシーンだと思う。

2017 ハイヌーン・ニンジャ・ノーマッド

 正午。ニンジャ。流れ者。オミノロシの庄屋の家の屋根に隠れていた落武者が姿を現し、三連続側転を打って大通りへと稲妻のように飛び降りて、足軽隊の行列を遮った。

いわゆる「忍殺語」を使わずにニンジャスレイヤーをやる、という新機軸の嚆矢となったエピソード。忍殺語のフックは非常に強いためアイエエエの小説と言われるくらいにはそれが目立つのだが、この試みでそれを使わずとも面白い、別種の面白さがある、ということが示されている。後年の「スズメバチの黄色」にしても、ニンジャスレイヤーの可能性はまだまだあるという期待が出来るシーンだった。

2018 フォ・フーム・ザ・ベル・トールズ

(そう、三角関数だよ……!ニンジャのいる見張り塔の頂点と基点、そしてヤモト=サンが立つ迎撃地点を直角三角形ABCとみなせば……!最適な抜刀角度 θをもとに、基点から迎撃地点までの距離すなわちadjacentをきっと割り出せるよ……!)

「女子高生性」という狂ったテーマの回だが、テーマが狂っているだけで作中人物の主観としてはシリアスに展開していく。ニンジャスレイヤーには「シリアスな笑い」のパターンがいくつかあり、狂ったテーマの中でシリアスな話を始めるのはその一つなのだが、この一コマだけ抜き出した時のトンチキ度と、ストーリーのテーマ上必然であるという力技に、読むたびに感心してしまう。

2019 ラーン・ザ・ウェイ・オブ・コトブキ

「意味はあるさ」マスラダは言った。「おれも学ばせてもらう」
コトブキの表情が輝いた。照れながら、少し笑った。

クローズド・コンテンツでもあるので引用部分は短くなる。淡々とした筆致で新主人公マスラダと新ヒロインのコトブキがカラテ・トレーニングをしているだけのシーンであるが、「デート回じゃん」と言われていた回。ニンジャスレイヤーはフジキド編(1~3部、トリロジー)まで妻子の弔いという筋もあって恋愛描写は少なかったのだが、ブラックメイルド・バイ・ニンジャなどでも片鱗が見えていたように、実は恋愛ものを描かせても相当うまいのではないかと期待してしまう。

2020 ナラク・ウィズイン

「注意せよ」助太刀ニンジャはヘラルドと背中合わせに立つ!
「き……貴様、何者だ」
「そうだな……状況は混迷しておるゆえ、あまり詳しくは語れぬが」ニンジャは言った。「私には幾つか名前がある。スカーレットとでも呼んでもらおうか」
「スカーレット=サンか」
「礼を言ってくれても構わんぞ」
「……ヘラルドだ。なぜ、私を助けた」
「フフ……通りすがりよ」
「ふざけるな……!」
「見よ!次が来るぞ!」
「デアエ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
スカーレットは走ってきた敵を鮮やかに殺し、ヘラルドにウインクした。「小生、旅のニンジャ。真理の探究者である。この地で事象の激しい乱れを観測したゆえ……」

敵キャラが魅力的な作品は良い作品だが、ニンジャスレイヤーは10年も続き、その中で数知れぬ(4桁に上る)敵を倒し続けてた――いわば、魅力的な敵をそれだけ作り消費し、また作りを繰り返してきた作品である。アイデアが尽きることなくこれだけたくさんの敵キャラを作り出し、そのたびごとに新機軸――このシーンでは乱戦に乱入していきなり信頼できる仲間ムーヴを始めるなど、過去のニンジャの中でも特筆して胡散臭く空恐ろしいトリックスター――を作り上げてきた。

同じ話で登場する数々の敵キャラも今までにない魅力を持っており、10年分、それぞれスピンオフが作れるほどの個性的なキャラクターを作り続けてきて、なお新しいものを作り続けるのは本当にすごいと思う。



ニンジャスレイヤー10周年、おめでとうございます。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。



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