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「出版社の搾取」の嘘と実相、作家が幸せになる方法(後半)

前半では、採算ラインを超える確信がない作家さん――新人さんや売れないベテランさんは、出版社との契約で不利と感じられる条件であることが多いものの、それらは必ずしも出版社の横暴ではない、ぎりぎりの作家さんは何をやっても苦しいのだ――という話をしました。後半では、ぎりぎりの作家さんがどうにか出版していく話をします。

知的財産に属するもの――創作はその典型――で食っていくということはなかなか難しいもので、コピーが容易なだけに、同じテーマならベストの作品を作った1人が売り上げを独占することがよくあります。これが例えば歯医者であれば、いかな腕のいい歯科医でも施術できる客の数は限られており、平均的な新人歯科医でも十分に客は回ってきます。しかし作家の場合はそうはいきません。クオリティの高い有名作家の作品と平均的な新人の作品が並んでいれば、クオリティの高い作品が売り上げを独占し、後者が平均的な新人歯科医並みに売れる可能性はほぼないと言っていいでしょう。同じジャンルに腕のいいライバルがいれば身が成り立たなくなる厳しい業界で、食い扶持を稼げる新人はごく少数です。

自らの創作でもって売り上げを確保できない作家さんが食い扶持を確保する方法として、他人の注文を受けて描く、という道はあり得ます。他作品のスピンオフを受注する、原作付き漫画の作画を担当する、安定して雇ってもらえるなら作画アシスタントを続ける、ゴーストライターをする、バンドをあきらめて劇伴を担当するといった具合です。テーマや大筋は決められてしまうもののある程度は創作性も発揮できますし、そのスキルで食っていくなら一つの選択肢になるでしょう。

しかし創作の目的が自分の内的世界の発露にあり、受注製作ではどうしても満足できない、というケースもあり得ます。食い扶持を稼げるかギリギリだがどうしても自発的創作でなければならないのだというなら、今は電子出版が一つの回答になるでしょう。

電子出版の可能性

紙での出版の場合、印刷・流通コストが6~7割程度を占め、そこから編集や装丁などのコストを差し引くため、印税は10~20%といったところである、ということは前半でもお話ししました。これで専業作家として食い扶持を得られる基準点を探ると、おおよそ年収500万円を基準とすれば、連載を年5000円程度購入してくれる読者が1万人いるとか、1万人の読者に1000円で売れる書籍を2か月に1度書き続けなければならないとか、その程度の勘定になります。このラインを割り込むと印刷用の版を作成するコストや編集コストなど固定費が採算割れになってしまうので、娯楽作品の継続できる大まかな基準は5千~1万部程度と考えていいでしょう。

一方で電子書籍の場合は、小売金額に対する著者の取り分はずっと大きくなります。例えばkindleの場合は35%か70%(kindle専売)ですし、noteの場合は65%~85%となります。この場合、連載を年5000円程度購入してくれる読者が1200人もいれば人一人の身が立つ程度の収入になるでしょう。サーバー運用費など固定コストも中堅以上のプラットフォームに載っているなら無視してよく、最低ラインとなるのは振り込みの銀行手数料程度、20~30部と非常に低くなります。このため、出版社経由では出版に至らない少部数の作家でも電子出版なら利益を上げられます。

この部分だけで見れば電子書籍は有望な選択肢ですが、現状、作家や出版社が電子出版専業になるには至っていません。出版社・個人ともに悩めるところは、市場規模の小ささです。紙の出版物が約1兆5000億円に対し、電子出版は最近のデータで1500億程度、この先しばらく伸びたとして2000~3000億程度と見られています。その理由についてはここでは問わないとして、紙の本の小売価格の6割を占める印刷~流通の部分は販路の拡大という形で相応の実益をもたらしているのは確かでしょう。電子書籍化は各出版社や取次も積極的に乗り出しており、特に出版社側は電子専売で行ければ彼らにとっても流通コストを抑えることが可能であるはずですが、彼らの宣伝力をもってしてもなかなか電子書籍を読ませるというバリアを乗り越えられていません。

また、出版社を介さない個人出版にするならば、宣伝力の欠如と編集者の欠如という2点と戦う必要があります。宣伝力については、イラストなど一目見ればわかるものはいいですが、小説など消費に相応の時間を要するものはたまたま検索でかかったとか、新作をあさっている暇人に読んでもらう、というのはかなり確率が低い話になります。私は別名義で他者に読んでもらう体裁でのコラム記事をブログに認めていますが、最初はずっと読者ゼロの状況が続き、執筆から4年くらいしてやっと発掘されtwitterでバズるという具合でした。おそらく世の中には、機会さえあれば有名になるが埋もれたままのコンテンツは相当数あるものと思います。電子出版で数百万単位で稼げている人の場合、その多くがネット上(SNS)で数年間にわたり無料でコンテンツを放出し続け、それを宣伝材料として読者を集め(SNS上で数万フォロワーが必須)、それに加筆修正したものを紙か電子媒体で販売しているように思います。SNS上での共有数が増えやすいキャッチーな短文・1枚画像を連発していくのも共通の特徴と言えるでしょう。

もう一つの問題は編集者の欠如です。編集者の最大の役割は「第一の読者」であるということでしょう。自分で書いた文章を自分で読む場合、文章のほうで説明不十分であったり飛躍があったりしても、作者本人が読むと頭の中にある知識・背景でそれを補ってしまい、初見の読者にとって意味不明な部分があっても見落とすということはよくあります。そういった点を指摘する「最初の読者」の存在は、他人に読んでもらう文章を書くうえでは必須と言っても過言ではありません。また、表現技巧はうまいが作品のプロットが下手といった作家さんのために原案や原作を供給して作家さんのいいところを引き出してやる、連載作が行き詰った時にアイデアを出すとまでは行かずとも相談相手になる、マーケティングで市場を把握して作家の手持ち材料から読者の興味に合うテーマを教えるといった役割も、必須ではありませんが軽視していいものでもないでしょう。個人創作の作家さんはこれらを自給する必要が出てきます。ある程度であれば作家どうしの互助でもなんとかなるかとは思いますが、校正などは可能なら編集プロダクションなどに投げたいところです。

さて、ここまで電子出版の可能性を少し書いてきましたが、電子出版でも、特定のジャンルの中では一握りの勝者が売り上げを独占し平均的な作家さんは稼げないという構造は、スケールを縮小して残存しているように思います。ただ、商売になる足切りラインは大幅に下がっており、年5000円払える読者が1万人必要だったものが、電子出版では2000人もいれば足りる、という状況にはなります(その2000人がネット慣れしている必要があるので、例えば高齢者をターゲットにしようとすると四苦八苦するとは思いますが)。その2000人のニッチをつかむのはこれはこれで難しいので、ある程度狙ってやれている人となると、マーケティング出身者などのその方面が多いように思いますが、自らの持てるものを出して作家として食っていきたいと考えるとき、その可能性はやや広がったのではないか、と思います。

可能性の提示

ここまで、電子出版を経由して食い扶持を確保した既存例についてさっくり書いてきました。最後に、いくらか新しい販売モデルの可能性も加えます。

ここまでの話で、読者獲得のために無料コンテンツをばらまくことが多いことは書きましたが、そのバラマキ用コンテンツでいくらか広告料が取れるモデルはないだろうかという考えは持っています。かつての人気コンテンツでも地上波アニメなどは視聴者側は無料で受け取っていたものですし、オンライン漫画でも絶版マンガ図書館は、紙の出版に堪えずオンライン販売も部数が出なそうなコンテンツから少しでも広告料が取れればいい、というものです。最近話題のYouTuberも事実上このモデルで成立しているので、可能性はまちがいなくあるものとは思います。

……もうちょっと書きたいことがあったように思いますが、さすがにだれてきたので気が向いたら書き足していきます。

前半の補遺

①前半で売り上げに占めるコストの分解が雑ではないか、版の作成や校正・装丁など固定コストと変動コストについて分けるべきではないか、というご意見をいただきました。大変ごもっともでして、後半で少し触れさせていただきいました。

②前半では出版社が新人発掘を担っているという主張をしましたが、その機能については「小説家になろう」「カクヨム」等が代替になるのではないか、というご意見をいただきました。しかし今のところ、オンラインでの人気で2~3万部以上の売上を保証できるような確実性がある指標はないと思いますし、ネット人気から出版社に作家がスカウトされたとして、作家自身も執筆時の生活保障=原稿料なしで印税の比率を上げた契約をして回収できるだけの自信があるかと言えばそうそうないと思います。現状、ネットメディアでの人気はほぼ新人賞などに相当するレベルでしかないというのが私の考えです。もっとも、例外として電子出版で一定の売り上げがあるコンテンツであれば、軽い再編集を施した程度で紙での出版をしても電子出版の10倍程度の売り上げが見込めるというケースはあります。note出身者であれば深爪さんがそれにあたるでしょう。

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