グルメ漫画覚書:孤独のグルメ

 グルメ漫画があふれる現代にあって、孤独のグルメはなお異色の存在としてヒットした。理由は至極明らかであり、「個人の私的経験を豊かにする」というテーマが貫かれ、最高の食の類を目指して気張って疲れるようなことをしていないからである。彼も蘊蓄やこだわりの類がないわけではないし、同じ食うならできれば美味いものを食いたいとは言っている。ただ、その程度が

うーん…豚肉ととん汁でぶたがダブってしまった
ソースの味って男のコだよな

等の、身近で些細なものであるというのが嫌味や気疲れを避ける要因になっているのだろう。店主が店員を怒鳴り散らしてる店じゃ気まずくて味が分からないよ、という部分をはややポエットに

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……

と表現されている。ある種「文学的」表現であり、「文学的」表現は場合によっては鼻につくこともあるのだが、この場合はストレートに「飯がまずくなるから黙ってろ」と言うより「自分個人の好みの問題だがそのほうが好きだ」という奥ゆかしい表現になっており、嫌味を感じさせず、それが名台詞扱いされる理由なのだろうと思う。

グルメを標榜しようとすると、どうしてもスノッブ趣味、嫌味、高みに至るには手を抜くなと言うシバキ的空気が出てきがちなのだが、この漫画はそれらを丁寧に、かつごく自然に、それらを避けつつグルメをやっているという点で特異であるというのが私の感想である。分析的な文章を書き散らかしてみたが、正直なかなかまねできるとも思えない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?