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呪い癖

私の母は、すごく心配性で世話焼き。過保護。
愛情深く、困っている人を放っておけない。

もう初老の私の世話を焼こうとする。
子供たちのことも常に異常に心配して、
あれはやらないほうが良い、これはやらないほうが良い、と制限かけることばかり言う。

もちろん私もそうやって育てられてきた。

なので、やはり私ももちろん過保護な親になっている。
でも、そう育ってきたコンプレックス
(すごく保守的内向的に育って、他の人が通ってきた一般的な青春とは違う感じだった。
高校生の時にアルバイトもしてないし、彼氏もいなかった。
それについて後悔もないし、自分なりに楽しかったが、自分の子供にはそうさせたいとは思えない。)
があるので、ひどい過保護にはならないようにと自分を過干渉親にならないように監視してる時がある。

私は中学生の娘が花火大会の日に夜出かけるのは死ぬほど心配だけど、でもだからといってそういう経験なしに育ってほしいとは思わない。
気をつけるべきこと、守るべき門限を伝えたらやらせるべきと思って行かせた。

母の言葉って、愛情が沢山沢山詰まっているのに、私には呪いの言葉に感じる。

美味しいものを食べさせて喜ばせたい思いが強いから、
料理の出来栄えが思ったより美味しくなかったりすると母は執拗に
「失敗しちゃった!美味しくできなかった!」と言いながら料理を出す。
そんな前情報を入れられたら、気分良く食べられない。
実際食べると別にそこまで不味いわけではない。
普通の出来栄えのおうちご飯だ。
でも、「まずい料理ですよ、食べてね」その前フリが非常に不味い。
こんなの、言わなくていいことなのに、絶対にこういうアナウンスを入れてくる。
こういうのって小さな呪い(言霊って言うべき?)だと思う。

子供が友達と遊びに行く計画があると、心配のあまり
「そんなに遠くに行くなんて危ない、変な人に騙されてついていってしまったら危ない」
こんな事をしつこくしつこく言う。
子供の身に悲しいことが起こらないようにという、100%愛情から出た言葉だ。
でも、楽しみにしている計画にケチをつけられるのは本当に萎えるし嫌なものだ。
そんな言葉ばかりで送り出されたら楽しみが3割減になってしまう。
これも呪いだ。

これらは、自分の不安を人に転嫁する行いだと思う。
不安だから、口に出して、相手になんとか自分の不安を消してほしいのだと思う。
自覚は一切なく「あなたの為に、あなたを心配してるから」としか本人は思っていないけど。

不味いと前置きして料理を出せば「え?別に不味くないよ」と食べてもらえるからだ。「美味しいと思ったのにがっかりだ」という顔見たくないから傷つきたくなくて保険をかけたのだ。

あんな事あるしこんな事あるから外はリスクだらけと執拗に言うのは、
出かけないでくれたら自分が心配して帰りを待たなくて良いからだ。

そう思うから、私は母とは同じことをしないように気をつけている。

子どもたちには私の子供時代より沢山のことを経験してほしい。

愛ゆえに小さな呪いをこつこつ日常で浴びせてくる。
母親とはなんて業が深い生き物なのだろうか。

そして、子供は、親の呪いなんかはねのけて、自分の考え自分の選択を、反抗してでも選び取って育っていかなきゃいけないのだ。
そうしないと、全てを親のせいにして、何もしないつまんない大人になってしまう。

日々、母の呪いにウンザリしたりイライラしたりして生活している。
こうやってnoteに母からうけたストレスでおかしくなりそうな時は愚痴みたいな文章を書いている。

だけど、母が私や孫達を愛してないとは絶対に思わないし、私も子供たちもおばあちゃんを愛している。

この事実はどうやっても揺らがない。
いちばん大事な事実だ。

だから、世間でやたら耳にする毒親っていう言葉、やっぱり私は好きになれないな。






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