
第4話「今日よりも明日が好き」
仕事場から数分の場所に「一休さん」という喫茶店があった。一休さんと言っても、とんちが得意なマスターがいるわけでもなく、和風な喫茶店でもなく、ごくごく普通の純喫茶だった。僕はそこを気に入って、小説のアイデアなどを考えたりする場所にしていた。そこで働いてる女の子と知り合ったのは半年前の春。
彼女の名前は酒井雫(さかい・しずく)
僕より年下で胸の大きな女の子だった。出会った頃は一言二言話すような間柄だったけど、ある事件がきっかけで距離が縮まり、今では大切な親友として付き合いがある。
彼女は僕を兄のように慕ってくれていた。性格がひねくれている僕と、気が合うことは珍しいことだった。
そんな僕と気が合うのは相棒ぐらいしか居なかったけど、彼女は不思議と波長が合うのだった。僕も彼女をホントの妹のように思っていた。だけど、現実は二つ下の妹が居る。桜子という性格がまったく合わない妹だ。まあ、それはこの際良しとしよう。
いつものように喫茶店へ足を運ぼうと思ったとき、仕事場のインターホンが鳴って扉の開く音が聞こえた。
鍵を掛け忘れていたのか、インターホンを押したと思われる人物が部屋に入って来る。そんな人物はあの子しかいない。
「お兄ちゃん!また鍵を閉め忘れているわよ。ホントに不用心ね」とエプロン姿の雫がリビングに姿を現した。
「あのさ、鍵を閉め忘れたのは僕だけど、勝手に入って来る雫もどうなんだろう」と僕は読みかけの新聞紙を丸めて言う。
「お兄ちゃんが、のたれ死んでないか心配だったのよ。それに、今日は見せたいモノがあったから急いで来たの」
僕がのたれ死んでるという発想が、どこで生まれたのか気になったけど、雫が見せたいモノと言った方が気になる。ここは逆らうことなく、素直に聞いてあげることにした。エプロン姿を見る限り、どうやら喫茶店から直接来たのだろう。
「それで見せたいモノって?」
「お兄ちゃんが次回作に行き詰まっているからさ、面白いモノを手に入れたの。これをどう思う?」と雫がA4サイズの茶封筒から写真を取り出して手渡した。
渡された写真を手に取って見ると、それは東京タワーをバックにしている夜景の写真だった。パッと見これといって、普通の夜景写真だ。なにか特別なモノが写っているような感じはなかった。数秒、その写真をじっくり眺めていたけど違和感はない。
「別に面白いモノと思えないけど?」
「どこ見てんのよ。ほら、東京タワーの真上に満月があるでしょう。その隣を見て」と雫が東京タワーの真上に浮かぶ満月を指差した。
朧気に光る満月は、東京タワーの赤い光とお似合いの構図だった。
僕から見て右隣へ視線を移すと、空間に白いモノが浮かんでいる。満月とは違った光を帯びた白いモノ。怪しく光りながら浮かぶモノに、僕と雫は覗き込むように見つめた。満月より少しだけ小さい白いモノ。
と言っても、満月と大きさを比べるのは間違いである。その怪しく光った白いモノは果てしない宇宙にあるわけじゃない。東京タワーと同じ空間内に浮いているからだ。
「これはアレかな?」と視線だけを動かして、笑みを浮かべる雫へ訊いた。
「アレって何?」と雫が聞き返す。
写真に写った白いモノが本物かどうかはわからない。でも、僕は夜空に浮かぶ白いモノから何か神秘的な力を感じたのだった。
そして僕たちは、奇妙な扉を開けることになるのだった。
第5話につづく