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第5話「黒電話とカレンダーの失意」

 風の便りでチャコは僕と別れたあと、新しい恋人ができたとそんな噂話を耳にした。

「悪い悪い、遅かった?」と平家がベンチの前で立っているチャコへ声をかけた。

 チャコにとってはかけがえのない親友が亡くなった。加代ちゃんとの思い出が薄い僕らとじゃ、とうてい計り知れない悲しみがあるに決まってる。

 こんなとき、どんな風に接したら良いんだろうか?そんなことを思いながら僕は三年ぶりにチャコの顔を見た。

「来てくれたんだ…」とチャコが目を逸らしながら呟いた。

「うん。久しぶりだね」と僕も目を合わせずに答えた。

 三年ぶりのチャコは変わっていなかった。髪の毛の長さも同じ、スレンダーなスタイルも同じ、切れ長な目も同じで、僕と別れたときの姿と何ら変化していなかった。写真に撮っても同じ姿のチャコが写っているだろう。それぐらいチャコはチャコのままで、僕の目に映った。二人の会話は一言ずつで終わり、それ以上話すことはなかった。

 そんな二人を見て、平家が率先するように歩き出した。気を使ったつもりだけど、お前は加代ちゃんの家を知らないだろう。

 それでも僕とチャコはお互いに助かったと思う。先頭を歩く平家の後ろを尾行するようについて行くのだった。

 途中でチャコが道案内するように先頭を歩き出した。僕の隣に並ぶのが辛くなってきたのか知らないが、おそらく話すことが思い浮かばないかもしれない。僕の方こそ何も浮かばなかった。

 それほど三年ぶりの再会は、二人にとって決して楽しいものではない。むしろ辛いものかもしれない。

 そんなことをチャコの背中を眺めながら思うのだった。

 程なくして見覚えのある道へ来ると、チャコが一軒の家を見てから立ち止まった。街灯の灯りの下、通夜のときに見る提灯が門扉の前にぶら下がっていた。黒い文字で吉橋家と書いている。どうやら加代ちゃんの家に到着したらしい。

 僕たちは加代ちゃんの親戚らしい人たちに会釈を交わしたあと、神妙な顔して玄関へと向かった。

 玄関先で一人の男性が受付をしていたので僕たちは一筆書いて、家の中へ入った。あとから聞いた話で、受付の男性は加代ちゃんの弟さんらしい。

 縦縞の黒白の幕に通夜の雰囲気が漂っていた。親族や近所の人たちがたくさん来ていたけど、僕の知っている人は誰もいなかった。

 チャコが一人の叔母さんと話し始めたので僕と平家は先に焼香を済ませると、部屋の隅っこの方で通夜の様子を何も話すことなく眺めていた。

 三年前の風景とまったく同じだ。姉さんの通夜のときも、僕は部屋の隅っこで眺めていたっけ。あのときもこんな風に、隣は平家が並んでた。

 あの頃の僕は、姉さんの死がショックでしばらく誰とも口をきかなかったんだ。

 周りの人たちのすすり泣く声が胸をチクリとさせる。僕は加代ちゃんの写真を見つめながら、小学校の頃の加代ちゃんを思い浮かべていた。

 写真の加代ちゃんは当たり前だけど、大人の年齢になった彼女だった。口許に笑みを浮かべた大人の加代ちゃん。僕には少し、彼女の顔が淋しそうに見えた。

 きっと姉さんの写真を見たときも、僕は淋しそうに思ったんだろうな。

 そんなふうに思ったとき、僕は自然と瞳から頬へ涙を滴り落とした。

 第6話につづく

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