
第5話「今日よりも明日が好き」
ここら一帯の住所は全て頭に入っている。私が住んでる地元なら尚更だろう。但し、私が地元の人間とは女に言っていなかった。たまたま出張で来たと伝えただけ。
それが相手の警戒心を解いて、女はベラベラと自分のことを話し始めた。
私とは一期一会で二度と会うこともない。そんな軽い考えをしていたかもしれない。
私が何者かわからないのに、女は誘われるがままに夜を過ごすことになったのだ。ホテルのラウンジは、たくさんの人たちが集まっている。私の欲する欲望を満たすには、うってつけの場所だった。
だから女の容姿を見て、私から声をかけたというわけだ。初めはバーで軽く飲んでいただけ。そのうち気分が良くなって、警戒心がなくなる。
だが、見ず知らずの男について来るほど女は軽くなかった。だから私は出張という程を装って、女の警戒心を少しずつ紐解く。酒の力も役立った。バーという雰囲気も思考を狂わせて、女の心は徐々に傾いてくるものだ。
私がこんな風に声をかけて、一晩だけの関係を持つのは理由があった。それは私だけの楽しみであって、決して他人に理解してもらおうとかは思っていない。
何故なら理解に苦しむからだ。
女を巧みな話術で落として、ベッドで戯れるのに時間はかからなかった。女の容姿は素晴らしく、抱いていて気持ちが満たされるのがわかった。それはそうだろう。私自身の選んだ女が美しくないわけがない。
十分楽しんだあと、私は本来の目的を果たそうと行動に移した。それは女の枕元に万年筆を置くこと。
あとは女が目覚めたら始まる。
だけど、ここ数日のニュースで知りたかった事件は流れなかった。だから私は、こうして危険を承知で女の住んでいる住所に向かっていたのだ。
ここで一つだけ問題がある。女が本当に自分の住んでいる住所を言っているかどうかわからない。それに関しては、確認しなければウソかホントかわからない。
あの女、うっかりマンション名を言っていた。私は頭の中にインプットされている地区とマンションの名前を検索して、女の住んでるらしいマンションへ向かった。
駅から徒歩十五分程歩いた場所に、目的のマンションがあった。女の身なりから、なかなか高価そうなマンションだ。
女の名前は富士山優(ふじやま・ゆう)
私は女のマンションが見えない位置へ移動すると、しばらくマンションの入り口を眺めていた。時刻は午後を少し過ぎている。昼過ぎ、この辺の地区は人の通りが少ない。確かめるなら今が一番良いだろう。
何をするにも、タイミングというのは重要だからだ。
無意識に笑みを浮かべて、私は数分後に女のマンションへ足を踏み入れた。
第6話につづく