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「岡野大嗣の短歌教室」を受講して(前編)

短歌とは何か、ご存知でしょうか。

5・7・5・7・7の俳句みたいなやつ。
サラダ記念日のやつ。
昔の人か、お年寄りが書いてそうなやつ。

…ちょっと失礼ですかね。でも、そんなイメージを持っている人もいると思います。というか、私がそうでした。

そんな短歌の知識ゼロ人間が、なぜ短歌の作り方を学ぼうと思ったのか。歌人・岡野大嗣の短歌教室を約2ヶ月間受講して何を学んだのか。短歌の作り方を知る前と後では何が変わったのか。振り返りながらまとめます。

すでに短歌が好きな方にとっては、新鮮味のない内容かもしれません(もしかしたら間違えている部分もあるかも…)。ですが、短歌をまだ知らない人、特に言葉を扱う生業をもつ方には、ぜひ短歌のことを知ってほしい。毎日の生活と言葉への向き合い方が、きっと変わるはずです。


きっかけは、扇風機

数年前、とある短歌がTwitterで話題になっていました。

道ばたで死を待ちながら本物の風に初めて会う扇風機

これは、岡野大嗣さんの歌集『サイレンと犀』に収録されている一首。

自然を流れる風を本物とするなら、扇風機が人工的に作り出す風は偽物だと言えてしまうこと。
扇風機は部屋に置くものだから、家の外に吹く本物の風を浴びられないこと。
偽物の風を作り出す役目が終わり、ゴミとして外に出されている間だけは、本物の風で羽根を回せるかもしれないこと。

…考えたこともなかった。こんな視点で世の中を見ている人がいるのか。

この人が見ている世界をもっと見てみたい。

すぐに『サイレンと犀』を購入しました。これが私と短歌、そして岡野大嗣さんとの出会いです。


いい短歌って、なんですか?

初めて歌集を買ったものの、私は短歌について何も知りませんでした。なんとなく直感的に好きだなと思う歌はあるけれど、短歌の良し悪しや楽しみ方は、よくわからない。

そこで、穂村弘さんという方が書いた『はじめての短歌』という本を読みました。穂村さんは非常に著名な歌人で、文芸誌ダ・ヴィンチに「読者が投稿した短歌を批評する」という連載を持っている方です。『はじめての短歌』は、そんな穂村弘さんが選んだ「いい短歌」をあえて改悪することで、短歌の魅力はどこに宿るのかを説き明かしていく本。

短歌についてよく知らない、短歌の良さがわからないという方は、ぜひ読んでみてください。私が短歌の作り方を知りたい、と思うきっかけになった本です。

この本の中で、穂村さんは「短歌の中では、日常とモノの価値が反転していく」と書いています。正しいモノ、値段があるモノ、強いモノ、大きいモノ…、そんな社会的な価値があるモノは短歌の世界ではNG。むしろ逆のモノに目をつけたほうが面白い。

私たちが仕事で言葉を扱うとき、たとえばメールを書いたり企画書をつくったりする際には、正しくわかりやすく効率的に合意が取れることを求められます。

でも、短歌の世界はそうじゃない。文法が崩れている、発想が飛躍している、真意が読めない、無意味なことを語っている、そんな言葉にこそ価値があるというのです。


「生きる」ための言葉と「生きのびる」ための言葉

この社会と短歌における価値観の違いについて、穂村さんは別の言い方でも書いています。

正しいこと、意味があること、お金になること、これらは「生きのびる」ために必要な価値観。ご飯を食べて、寝て、お金を稼いで、誰もが人生をサバイブしていかなきゃならない。そのためには、わかりにくい言葉や無意味な話は必要ないのです。だから生きのびるための言葉、ビジネス文章などには決まったルールがあります。

でも、人生は「生きのびる」ためにあるわけじゃない。一人ひとり違った「生きる」目的があります。…じゃあ、そもそも「生きる」ってなんなんでしょうか。

生きのびるためなら、睡眠と食事が必要で、そのためにはお金が必要で…ということは誰しも理解していますが、「生きる」ために必要なことは、よくわからない。人によって答えが違う。だからこそ、みんなの共通認識から外れた、非効率で無意味でお金にならないような言葉のほうが、「生きる」ことに強く結びついている。そんな言葉こそ、短歌の世界では価値を持つと。

(ちょっと伝わりにくい・自分なりに解釈している部分があるかもしれません。本では実例を交えてもっとわかりやすく書かれているのでぜひ読んでみてください。)

ちなみに私はコピーライターで、社会に価値を生み出す言葉を考えるのが仕事です。文章を書いてお金を稼ぐ以上は、正しくわかりやすく伝えることを目指すべきだと理解していますし、その技術を身につける面白さも知っています。

でも、これは穂村さんの話で言えば、どちらかというと「生きのびる」ための言語体系なわけです。短歌に触れてからは、「生きる」ための言葉も使えるようになれたらいいのにと、ぼんやり思うようになりました。

そして時が経ち、「岡野大嗣さんが短歌の作り方を教える教室を開く」という話を、私は耳にしたのです。

後編へ続く)

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