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上に立つ人

ウチのスーパーの店長はOさんと言い、50代前半くらいの男性である。9月頃に着任されたから、やっと3か月くらい経過したところである。
この店長の着任前は正直言うと、
「スーパーってやっぱりどこかダラダラした雰囲気がある職場だな」
という印象を強く持っていたのだが、今はみんな動きがキビキビしている。顕著なのはインカムのやり取りで、『そんなどうでもいいようなことを、インカム使ってわざわざ聞くな』と言いたいようなことが全くなくなった。ぞんざいな口の利き方をする人もいなくなり、ハキハキした節度あるやり取りになっている。
なぜそうなったか。O店長が厳しいから、である。
厳しい、というのは語弊があるかも知れない。隅から隅まで、感心するくらいよく見ているから、と言った方が良いかもしれない。

私は今朝、開店するなり入ってきたお客様から『毛玉取りはどこの売り場にありますか?』というお問い合わせを受け、インカムで全従業員に問い合わせた。
生憎開店してすぐの時間帯は、皆掃除や商品出しに忙しくて応答が遅れがちである。しょうがない、と思いつつ私がじっと待っていると、
「毛玉取り!応答は?住居関連売り場じゃないんですか?お客様お待ちですよ!担当者不在ですか?」
という店長の声がインカムに入り、えっとビックリしていると、
「すいません!3階でお取り扱いありますので、ご案内下さい!」
と言う担当者の慌てた声が入った。
お客様は喜んで3階に向かわれ、私はほっと胸をなでおろした。

以前青果売り場の担当者が忙しかったのか、
「大根の追加、Sさん帰りまでに出しておいてね!」
と割合荒っぽい言い方で指示して去っていったことがあった。ところがSさんは帰る直前であったらしく、私が用事でバックヤードに行くと
「私、出してたら帰る時間過ぎる…でも人他にいないし…」
と困っていた。
そこに、O店長が通りがかった。
「どうしたの?」
とSさんに声をかけている。Sさんが事情を説明すると、
「わかった。僕やっておくから、上がって下さい。お疲れ様」
と言うが早いかシャツの袖をからげ、青果用のカートにドンドンカットした大根を積んで、早足で売り場に消えていった。凄い早業だったので、私はあっけにとられてその背中を見送ったのだが、売り場に出てきた店長を見た担当者はさぞかしびっくりしただろう。

前の店長はいつ見ても事務所にいたが、O店長はこの調子で何処へでも神出鬼没である。あまり事務所で見かけることはない。
開店の時には必ずドアのそばで私達と一緒に立ち、一人一人のお客様に挨拶をする。ものすごく丁寧に頭を下げるので、こっちの頭を上げるタイミングを計りかねるくらいである。私は横目で店長が頭を上げるのをよく確認してから、にしている。
店内を歩きながらも、目立つゴミがないか、落ちている商品はないか、日付の切れたポスターなどがないか、常に目を光らせているのがわかる。時には手ずからゴミを拾い、お客様を案内している。

今朝も私が開店前の床掃除をしていると、
「おはよう。もう大丈夫なの?」
と声をかけてくれた。
「はい、ありがとうございます」
と答えたが、私が病欠していたことをちゃんとご存知だったんだ、とビックリした。全従業員は100名を超える。よく覚えていられるものだ、と恐れ入った。

上に立つ人の姿勢は、まず店の中間管理職の姿勢を変える。中間管理職が襟を正せば、その直属の社員の態度が変わる。そして私達パート従業員の態度が変わる。お客様にもその変化は伝わるに違いない。
言うことを無理に聞かせるのでもなく、自分の権力を誇示するのでもなく、ただ「お客様に快適にお買い物頂けるように」という姿勢を貫いているから、みんな素直に従う。
結果、買い物しやすい、良い店になっていくのだと思う。O店長が来られてから、厳しい時代だが売り上げは右肩上がりだと聞いている。物価高とか様々な要因はあっても、上に立つ人の力はやはり大きい、と思わされる。

そしてO店長はこの仕事が大好きなのだなあ、とも思う。
身長は私と大して変わらず、男性としてはかなり小柄だが、とても大きな存在感のある方である。
人の魅力というのは言葉や所作に自然と滲み出るのだな、と思いつつ、きびきびした頼れる背中に、今日も密かに尊敬の眼差しを向けている。