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誰にでもできる仕事

新しい課長のKさんが着任して二十日ほどになる。彼が所謂「出来ない人」であることはあっという間に職場に広まり、気の毒だが今や職場のほぼ全ての人が、彼をそういう目で見るようになっている。
悪い人ではない。人畜無害である。穏やかな方だ。が、仕事は全くと言っていいほど出来ない。
レジは殆ど打てない。元レジ専任スタッフのMさんが半ば無理矢理教え込んで、どうやら基本的な操作は出来るようになった。繁忙時などはレジに入ってくれることもでてきた。が、積極的に手伝ってくれることはない。皆は文句を言っているが、私は早々に諦めている。
商品知識もない。増やそうという意欲も感じられない。お客様からお問い合わせがあると、他の人に丸投げする。
販促用のポスターを本部に発注すれば、サイズを間違えている。勤務シフトを作成すれば、穴だらけである。それも一目瞭然の。
朝の開店は扉を開くのが早すぎて、お客様から苦情を賜る。電話はまともに受けられず、事務所にクレームが入る。商品整理をすれば、とんでもないところにとんでもない商品を置き、みんなで家探しすることになる。
インカムを破壊する。おかげでウチの売り場はずっとインカムが一台足りない状態である。

ここまで書くと気の毒になる。全部本当の事であるが、皆に白い目で見られながら、Kさんは案外飄々としているように見える。
ウチの夫などは
「その人、精神病まへんか?そんなに四面楚歌で大丈夫か?」
などと心配しているが、Kさんは至って平気だ。
今日もKさんは棚卸前日だというのに、バックヤードに置いておくべき商品をわざわざ売り場に持ってきて、嬉々として品出ししていた。それはカウント済みなのでは、と思って見ていたが、Kさんは全く意に介する風はない。
私は知りませんよ。「課長」さんのなさることなんですから。

「あの人、何のために居るの?」
今日も靴担当のDさんが話しかけてきた。憤懣やるかたない、と言った様子である。
「昨日もさあ、レジの応援要請しても知らんぷりだよ!自分は残業しないでさっさと帰っちゃうし!パートが残業してんのに、どういう神経してんのか、疑っちゃうよ!」
それは問題だなあと溜息が出そうになった。

私もまだ勤めて一年そこそこであるから、たいして皆さんの役には立っていない。下手すればレジ操作を間違えて迷惑をかけたり、商品知識がなくてお客様に上手く説明できず右往左往したりする。助けてもらう事ばかりである。Kさんの事は言えない。
課長だからって、何もかも知っている必要はない。長い間現場に居なかったのだから、知識がなくても当然だ。レジだって何回も仕様が変わっている。扱いがわからなくても無理はない。
ただ、Kさんには悲しいくらい欠けているものがある。
「自らの最善を尽くそうとする姿勢」
である。

今、ウチの店には三人の新入社員が居る。青果、鮮魚、インナーに一人ずつだ。
彼らは名札に双葉マークを付け、今週から売り場に出ている。青果のA君と鮮魚のB君は同じフロアになるので顔を合わせることも多いが、会うと必ず
「おはようございます!」「お疲れ様です!」
とはつらつした大きな声で挨拶してくれる。くたびれて丸くなっていたこちらの背筋もしゃんとなる。清々しい気分にしてもらえる。応援したくもなる。
多分、彼らに今出来る仕事は殆どないだろう。でも職場の雰囲気を彼らは作ってくれている。侮れない大事な仕事だと思う。

清掃のX君はいつも挨拶の声も聞きとれないくらい小さく、掃除の手際も悪く、どんくさい。だけど、彼はいつも一生懸命仕事している。とても頑張っているのが彼の姿から伝わってくる。
最近、ちょっとヤンキーみたいな後輩が入ってきた。彼がダラダラとやる気なさそうに仕事をしていても、X君は注意も出来ない様子だった。自分は黙って、いつも通り仕事をしていた。
後輩君は一日で出勤しなくなった。他の清掃係の方々はブウブウ言っているようだ。が、X君は相変わらず、毎日黙々と掃除を続けている。後輩に指導は出来なくても、彼の「最善」を尽くしている。
私にはそんな彼の姿が尊いものに思える。

Kさんにはそういう姿勢がない。この姿勢を見せるのに、年齢や肩書は関係ないと思う。が、課長である故の妙な「プライド」が邪魔をするのか、Kさんはいつもどこか逃げ腰である。
「僕、レジ操作全然だから教えて」
「これ全く扱ったことないから、どんな商品なのか聞かせて」
「僕にできることがあったらするから、何でも言ってきて」
そういう姿勢があったら、例えKさんが何もできなくてもみんな今とは違う反応をしていただろう。
悪い人ではないのに、残念なことである。

Kさんのこの店でのキャリアは始まったばかりである。
さあ、どうなっていくことやら。
悪口大会に参戦するのはごめんだが、積極的に彼を庇う気にはなれない。
静観あるのみ、である。













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