矢口純「回想 素顔の文人」

『諸君』1996年7月号から1997年6月号にかけて、矢口純の「回想 素顔の文人」という連載が掲載されていた。これは単行本になっていない。
 矢口は敗戦から二年後、友人の父親が専務を務めていた関係で、婦人画報社に誘われ、村会議員から編集者に転職したというキャリアの持ち主。ちなみに、『婦人画報』は元々1905年に国木田独歩によって近事画報社から刊行され、その後東京社、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)と発行元が移り変わっていた。
 婦人画報社で最初に手掛けたのは、日本赤十字社の機関誌『博愛』。1950年から『婦人画報』に移籍し、1961年には編集長へ。『婦人画報』時代は、芥川賞受賞以前の石原慎太郎にルポの連載を任せたり、山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』、瀬戸内晴美『かの子繚乱』などの作品に携わった。
 1968年にはサン・アドに入社。1971年から1985年までペンクラブの理事を務める。そういった経歴から、作家とのつながりが深く、『諸君』の連載につながったと思われる。著書も何冊か出しているが、酒にまつわる物がほとんど。

「回想 素顔の文人」で取り上げられている作家は以下の通り。
第一回 幸田文
第二回 高見順
第三回~第四回 井上靖
第五回 瀬戸内寂聴
第六回 池田弥三郎
第七回~第八回 井伏鱒二
第九回 水上勉
第十回~第十一回 川端康成
第十二回 辰野隆と川田順 

 回想と謳っているわりには、作家の修行時代に焦点が当てられていたり、披露されているエピソードもやや薄味といった憾みもあるが、まあ読んでみて損はないだろう。
 一番興味深かったのが川端康成の回で、「伊藤整さんは漱石みたいになるんでしょうか」と話したことや、芸能雑誌『平凡』を電車内で読みふけっていたことなどが、面白かった。

参考文献
江國滋『鬼たちの勲章』(旺文社文庫)
日本近代文学館・編『日本近代文学大事典』(講談社)

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