犯人はヤス、-終焉-|第12話|紅涙
スクリーンに、三輪家に伝わる古文書が映し出された。
綴り字で書かれている。
ただ、虫に食われているのか、所々穴が空いており、その部分は何が書いてあるか分からない。
[二十三ノ神柱が現れ表裏が変革する日……]
[……三つの透視が重なり合い一つの神へと新たに宿される]
所々空白があるいくつかの古文書。
この古文書が、三輪家に伝わる予言書の大元となる書物であった。
「文屋長官が来られました」
古谷家の和室で、倒れたままの右京を見下ろす文屋長官。
「サヤがここに現れたというのは本当か?」
「はい、間違いありません」
「なら、あの事がバレた可能性があるな。それで、巻物は見つかったのか?」
「どうやらカラクリ仕掛けになっているようで、縁の下で複数の巻物が見つかりました。棚に一本ずつ巻物が置いてありましたが、一つだけ、巻物がない棚がありました」
「やはり、深瀬サヤが持ち去ったわけか。これより標的を変える! 先に、深瀬サヤを捕まえろ!」
「分かりました。……緊急連絡! 文屋長官より命令だ! 深瀬サヤを捕らえ、巻物を回収せよ!」
警察は、標的をサヤに変えた。
すでに亡くなっている右京の肩を力強く握り締め、文屋長官は、古谷家を後にした。
山小屋で暮らす9歳の文屋少年。
幼い頃から、ギリギリの生活を強いられていた。
布団の下には、一つの古い書物があり、それを読み漁る毎日。
その書物の表紙には、『伊弉諾と天照と』と、書かれている。もちろん、まだ幼い文屋少年に、理解など出来るはずがない。
その本の中の一文が、文屋少年の心に刻まれていた。
[伊弉諾の左目から生まれし者。その者から生まれし火之迦具土神こそが、我が文屋家のことなり]
神々が登場するこの古事記。しかも、自分の苗字が入っている。
先祖に対する尊さだけが、おのずと募っていった。
とても現代の生活とは思えない環境ではあったが、山で獲れる豊富な山菜のお陰で、食には困らなかった。
ある日、薪を取りに出掛けると、見知らぬ通りに出た。その道路は鎖で囲われている。
よく見ると、周囲の大木が、その周りにだけ生えていない。
吸い寄せられるように鎖を潜り抜け、入っていった。
だいぶ昔に建てられたであろう木造の建物には、新たに雑草が生え始めていた。その隙間から見え隠れする黒い煤の跡。近くで何かが燃え、焦げた跡だろうか。
恐る恐る踏み入れ、中を見ると、中央に柱が二つ残されていた。ただ、その二本の柱があるだけで、天井すらない状態だった。
その柱には、縄が縛りつけられていたかのような跡が残っていた。
戻ろうと振り返ると、入り口付近に、焦げついた金属板が落ちているのを発見した。
拾って、確かめる。
「初代霊道教文屋家? まさか……」
そこは、文屋家の先祖が、魔女狩りの見せしめとして、火炙りにされた場所だった。
文屋家が神さまの家系であると信じていた純真な心。その心が一瞬にして崩れた瞬間だった。
もう一度、柱についている縄の跡を見た文屋少年。
目からは、大粒の涙が溢れていた。
文屋少年は、その後、先祖の敵討ちを目論み、警察官となった。
そして、その敵討ちをする相手を探す日々が続いた。
まず、少しずつ当時の事件を暴きながら、初代霊道教文屋家についての資料を探った。そのとき、争われていた三つの霊能家系の資料を発見したのだ。
その三つの霊能家系の一つが文屋家だったと知り、火炙りが、この三つの家系の争いの歴史の中で、起きたことだと分かった。
残るはもう一つの家系。
宗教団体にいた禰保家を見つけ、ユタの存在を知った文屋長官は、バレぬよう、彼らをINGの監視下に置いたのだ。
そして、古谷警部と出会った、自分の子どもが誘拐された日。目の前で呪術を見せてきた古谷警部が、古谷家の子孫であると、すぐに分かった。
そのまま古谷警部を、自分の部下にすることに成功した。
その後、両家を受け持っていた三輪家にも接触し、古文書のコピーを手にする。その内容が、幼い頃に見ていた古事記と、内容が繋がっていたのだ。
三輪家の古文書の虫食いのところに、古谷家の古事記を当てはめると、文字がぴったり重なった。
その中に書いてある予言が、その通り起きていることに驚愕する。
古文書を手に入れた文屋長官は、予言通りに当てはめて計画するだけで、物事がその通りに進んでいくのを、肌で感じていた。
イナンナの事件がまさに、この予言を利用したものだった。
誰にも気づかれずに、周りの人間をイナンナを壊す方向へと誘導し、22箇所の花火による思考コントロールを成功させたのだ。
その後、右京を殺害。これで、結界や浄化による呪術が使える人間がいなくなった。
しかし、巻物は見当たらなかった。
未だに分からない、古文書最大の空白部分。
その空白部分の内容が、この巻物に書かれているのだ。
これさえ手にすれば、全ての未来が自分のものになる。そう確信している文屋長官は、巻物が見つからない、今の状況に苛立ちを隠せずにいた。
神話に基づいた古文書の正体は、世界の予言となる『秘密の書』だったのだ。
残るは、巻物を手にするのみ。
ただその鍵を握っているのは、サヤではなく安であることに、この時まだ文屋長官は気付いていなかった。
「本当に安はここにいるのか? サヤさん」
「はい。間違いありません」
安が、現れた場所を、サヤが透視で発見した。そこへ向かう悟とサヤ。
安が歩いた軌跡を辿り、ジリジリと距離を詰めていく。
もちろん、サヤが安を何度も誘導しようと指示を出しているが、なぜか、動いてくれない。
代わりに、悟を誘導し、悟と安を接触させようとしていた。
5年前のように、未だ、逃げ続ける安。
その手には、巻物があった。
なぜか、ポケットに丸石を入れたまま、歩いている。
安が向かっているのは、日本海に面した4軒連なる市営住宅。誰も住んでいないコンクリート剥き出しのアパートだ。
この地域は、だいぶ前から人が住み着かなくなっているようだ。
一階の角部屋の玄関に、子どもの残したと思われる三輪車が転がったまま放置されている。その隣の階段を駆け上がる。
「階段を登っているのが、見えますか? 悟さん、追ってください」
「分かりました。ここで隠れて待っててください」
悟は、サヤをその場に残し、アパートへ向かった。
安との距離、数百メートル。もちろん助けることが目的だ。
5年前の事件以来、一度も会うことなく時代は変わった。そんな中、変わらず逃げ続ける安の心境が、何よりも気がかりだった。
安の目的は、相変わらず分かっていない。
悟は、おそらく母親を探し続けているのではないかと、推測していた。目的を達成するまでは、何があっても諦めない、そんな彼の性格を知っているからこそ、未だに逃げ続けている安の行動は理解できた。
だとすれば、尚更協力をしたいと、悟は思っていたのだ。
屋上に着いた安。
周りを見渡し、尖った山の位置を確認しながら、丸石を、隠すように置いた。
「悟さん! 危険が迫っています! 2階の階段に警察が潜んでいます。隣のアパートから追ってください」
サヤには、悟がいるアパート全体が見えている。そこに、数名の警察官が隠れ、中島安を捕えようとしているのが見えたのだ。
拳銃を構えたまま、音を立てないように登っていく二人の警察官。
遠くから警察官たちを確認し、裏から先回りする悟。二人の警察官は、中島安を尾行しているようだ。
サヤの指示通り、隣のアパートの階段を駆け上がり、屋上を目指す。
屋上に上がってから、飛び移る作戦だ。
二人の警察官よりも早く、屋上に着いた悟。
隣のアパートにいる安を探す。しかし、安の姿が見当たらない。
このアパートより高い建物は、周りに一つもない。
遠くを見ると、こじんまりとした低い山々に、一つだけ尖った山があった。その山だけは、悟が見ている画角にある山々の中で、唯一作り物のように見えていた。
すると、隣のアパートの屋上の扉が、ゆっくりと開き始めた。
悟は、膝ほどの高さしかない塀の影にうずくまり、隣の屋上の様子を伺う。
勢いよく飛び出し、銃口を向ける二人の警察官。誰もいないことに気付くと、首を傾げながら、飛び降りれる場所がないか入念にチェックし始めた。
すると、フードを被った少年が、配管を使って下り、3階の窓へ入っていったのが見えた。
「いたぞ! 安だ! 3階の部屋に逃げたぞ」
その時だった。
突然、下から突き上げるような強い地震が起きた。
しゃがむ警察官たち。
「動くな! 拳銃を捨てろ!」
声をあげたのは、悟だった。
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