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ジェンダーPart 1: 性とジェンダーの違いを知っていますか?史上初のジェンダー差別裁判を起こした女性弁護士 RBG

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85歳の今でも現役の女性最高裁判事の映画が公開

2018年末、アメリカで見た映画がとても印象に残りました。それは“On the Basis of Sex” (訳:性に基づいて)という映画で、85歳の今でも現役でアメリカ最高裁判事をつとめるルース・ベイダー・ギンズバーグ (RBG) の若かりし頃の苦労と成功を描いた映画です。彼女は1970年代に史上初となるジェンダー差別裁判を起こしたアメリカの女性弁護士であり、今でもアメリカのリベラル派のアイコン的な存在なのです。この映画は日本でも「ビリーブ未来への大逆転」という題で3月に公開され、5月には彼女のドキュメンタリー映画「RBG最強の85歳」も公開予定です。

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この映画を観て、そもそも性(sex)とジェンダー(gender)の違いってあまり知られてないのではないか?と思い、今回は改めてその違いについて触れながら映画の紹介をしたいと思います。また、次回の投稿ではこの性とジェンダーの違いを元に、日本のジェンダー平等問題についても考えてみたいと思います。

1970年代のアメリカ

映画の舞台は1970年代のアメリカ。当時のアメリカは性別をもとに差別をすることが「差別である」という認識がない時代でした。そして“Women are caregivers, men are breadwinners”(女性は家で家事や育児を、男性は外で仕事を)というのがアメリカ社会の常識でした。この時代のアメリカでは女性は「二流市民」であり、女性は「選挙権を持つには弱すぎる、依存的、従属的な存在」として捉えられていました。女性は「人間の資源の無駄」(“waste of human resources”) とまで言われていたのです。男女の性に基づいた差別を合法とする法律は数千も存在し、例えば妊娠を理由に雇用主が女性を解雇することが合法だったり、銀行が女性にクレジットカード作成時に夫のサインを求めることも合法でした。

ハーバード・ロースクールで直面した女性としての現実

そんな時代にルースは当時500人中女性が9人しかいなかったハーバード大学法科大学院に入学しました。今では女性が半分を占めるハーバード法科大学院ですが、当時は入学時に学部長自らが女性入学者に対して「男性が座れるはずだった席に女性のあなたが座って何をしているのか?」という質問を投げかける夕食会があったとルースはドキュメンタリー「RBG最強の85歳」でも振り返っています。その後クラスでトップレベルの優秀な成績をおさめていたのにも関わらず、卒業後、彼女を雇う弁護士事務所は一つもなかったそうです。その理由は彼女が女性であったからです。

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絶対に勝てないと言われた、史上初のジェンダー差別裁判で勝訴

弁護士事務所には就職できず、仕方なく大学教授になった彼女は、ジェンダー平等と女性の人権の強い支援者として活動しました。そして数千と存在した男女の性に基づいた差別を合法とする法律を変えようと立ち上がったのです。

この映画の中で取り上げられる史上初のジェンダー差別裁判は、母親を介護する独身男性が介護費用の控除申請が認められなかったという事例です。当時の法律では親の介護による控除は女性や未亡人、離婚した者や、妻が事情により介護ができない男性のみ認められることになっていました。この事例の上訴人は結婚歴のない男性であったため、介護費用の控除対象にならなかったという訳です。

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ルースはこの事例は「女性は家で家事や育児を、男性は外で仕事を」ということを前提とする数々の法律に異議を唱えるチャンスになると考え、この男性の弁護に立ったのです。彼女は男性が性に基づき不当な差別を受けたという判例を作れば、その判例は女性が性に基づいて差別されていることを訴える時にも引用できると考えました。更に、この事例の上訴人が男性であることは、男性のみによって構成されていた当時の裁判官から共感が得られやすいと考えたのです。こうして男女の性別を元に差別をすることが「差別である」という認識がないこの時代に、ルースは史上初となるジェンダー差別裁判を起こし、勝訴したのです。

彼女はこのように、性に基づく差別を合法とする法律は、全ての女性が家庭や子供で手一杯であることが前提とされていると訴えました。また「性」に基づく様々な分類は、「男性が上で女性が下」という性による優劣の判断を伴い、このような法律が社会の中で男性に劣る位置に女性を留めることを助長すると主張しました。ルースはドキュメンタリー「RBG最強の85歳」で、「自分はジェンダー差別などというものなど存在しないと思っている男性達を相手に話をしていた。私の仕事は本当にジェンダー差別というものが存在することを彼らに示すことだった。」と話しています。彼女の功績により、ジェンダーを元に差別をすることを合法とする法律が変わっていったのです。

性とジェンダーの違いを知っていますか?

ここで大事になってくるのが「性(sex)」と「ジェンダー(gender)」の違いです。「ジェンダー」という言葉は、日本でも耳にすることが増えましたが、実は「ジェンダー」と はいわゆる男女の性とは違う意味を持つのです。英語圏でもこの2つの言葉が混同されて使われることがありますが、「ジェンダー」とは単に「性」をオブラートに包んだ言葉ではないのです。端的に言えば、性(sex)とは生まれながらの生物学的な性別であり、ジェンダー(gender) とは、社会的な性別なのです。[1] つまり「性」が単純な生物学上の分類以上の意味を持たないのに対し、ジェンダーとは人間がつくり上げた社会の中で各性別が一般的にどの様な社会的役割(ジェンダーロール)を果たしているかに紐付けられた極めて曖昧な分類なのです。よってこの社会的に創られた「ジェンダー」は時代とともに変わるものであり、またそれぞれの社会によってもその定義が異なるのです。

ジェンダーロールの変化と法律のミスマッチ

長らく人類は、体力のある男性が食物や物資を手に入れる役割を担い、女性は家庭をサポートする役割を担ってきましたが、技術の進歩により生きるために必要な労働の量は減り、またあらゆる手段で生活の糧を稼ぐ事が出来る様になったので、必ずしも男性が外で稼ぎ、女性が家庭でサポートに徹する必要性が無い時代がきたと言えると思います。

1970年代のジェンダー差別を合法とするアメリカの法律は、この古いジェンダーロール(男女の社会的な役割)に基づき制定されており、時代の変化によってこのジェンダーロールが変わりつつあるにも関わらず、法律だけが取り残された状態になっていたという訳です。そしてルースはこのジェンダーロールに基づいて女性の自由や権利が奪われることが憲法違反だとして訴訟を起こしたのです。

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つまり、「性差別」の根本的原因とは生物学上の男女の違いによって生じているものではなく、性別に紐付けられたステレオタイプ的なジェンダーロールが存在しているからこそ発生する現象だということです。今の時代において体格の差はあるものの、出産以外に男女間で担える役割に大きな差はなく、これまで以上にジェンダーロールの定義が曖昧になってきたと言えるでしょう。むしろその境目が無くなった時にはジェンダーロールという言葉自体が意味を持たないものとなるのではないでしょうか。

次回の投稿では日本のジェンダー平等問題を性とジェンダーの違いから考えてみたいと思います。

1. Genders, sexes, and health: what are the connections—and why does it matter? | International Journal of Epidemiology | Oxford Academic. Available at: https://academic-oup-com.ezp-prod1.hul.harvard.edu/ije/article/32/4/652/666984.

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