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編集者とのちょっと不思議な打ち合わせから生まれた『誰死な』、執筆裏話公開!

 2017年2月2日、井上悠宇氏と編集者Yは初めて出会った。
 そこからいかにして『誰も死なないミステリーを君に』が生まれていったのか——その瞬間を井上氏が綴る。

(以下、井上悠宇氏による執筆裏話)

 早川書房の編集者Yさんと初めて打ち合わせをしたとき、僕が思ったのは「それ、めっちゃうどん伸びるやん」だった。神戸にある行きつけの蕎麦屋で、僕はカレーうどんを頼み、Yさんも「同じものを」と言った。「『きみの分解パラドックス』が大変に面白くて」と、新作の執筆を依頼してくれたYさんに、僕は心の中で「お目が高い」と感じていた。あの作品はかなりの自信作だったし、それを評価してくれるような編集者がどこかにいてほしい、と常々考えていたからだ。だから、依頼が来たときは有頂天になっていた。僕はいかに『きみの分解パラドックス』に思い入れがあるかを、有頂天でカレーうどんをすすりながら語った。Yさんは僕が話始めると、うどんをすするのを止め、箸を置き背筋を伸ばし、僕の言葉に耳を傾ける。僕はすごくよく喋る人なので、Yさんはうどんをすすりかけては、すぐに箸を置き、また耳を傾ける。それを繰り返した。全然Yさんのカレーうどんが減らない。よもや、作家が話しているのにうどんをすするのは失礼、というポリシー? それで僕は押し黙って思ったのだ。「それ、めっちゃうどん伸びるやん」と。それと同時に「この人面白い人だな」と思った。面白い人と一緒に作品を作れたら、そりゃ面白い物が出来るに違いないだろうって。
 さて、そんな風にスタートした執筆だったが、僕にとってそれは今までのやり方と全然違う、自由に満ちたものだった。これまでは、まず企画書を作って、編集がそれを何度もチェックし、その通りに僕が執筆するというやり方。でも、早川書房での執筆は「人の死が見える状態で『そして誰もいなくなった』をやってみる」という僕の一言に、Yさんが了承しただけ。企画書も必要なかったし、タイトルもその時僕が思いついた言葉で決まってしまった。今までは編集との闘いだったのに、今回は編集はすぐに味方について、僕は”思い切り好きなように面白い物語を書く”闘いをしなくてはならなかったのだ。これが大変で、でも、本当に作家冥利に尽きる執筆だった。僕はこれまで培ってきた経験と技術を総動員して、自分が一番面白いと思う物語を書き上げた。どんな物語が出来たかは本を読んでもらうしか伝えられないと思う。でも、『誰も死なないミステリーを君に』は、今の僕が出せる全力で、間違いなくベストだ。こんな執筆をさせてくれて、応援し続けてくれた早川書房さんとYさんに、心からありがとうと言いたい。


井上悠宇『誰も死なないミステリーを君に』

2018年2月24日発売/井上悠宇/ハヤカワ文庫JA
※書影をクリックするとAmazonページにジャンプ


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