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雪が降りつもる深夜に、会社から歩いて帰った話

2023年1月24日。
10年に1度の大寒波が日本全土を襲っていた。
「東北とは雪の降る地域の人は大変だなー。」と思いながら、私は、いつも通り車で会社に出勤した。

まさかこの10年に1度の大寒波が、ここ神戸にも降りかかってくるとは思いもせず……。

15時。
仕事をしていると会社に1本の電話が入った。
「今日は通常通り授業はする予定ですか?」
電話をかけてきたのは、同じ会社で勤務している講師だった。
「いつも通り授業をする予定ですが……あっ!警報とか出ていますか?」
目の前のパソコンで調べればいいのに、逆に質問をする私。

先生曰く、どうやら寒波の影響で、通勤に使っているバスが動かない可能性はないか心配している様子だった。
バス会社にも問い合わせをしたそうだが「今のところ運行している」としか言われず、判断に困った講師がこうして会社に問い合わせをしてきたという訳だ。先生の最後の授業は22時終了。この時間に路面が凍っていると先生は家に帰れなくなる。そこで私は、提案してみた。
「では最後の授業はお休みにして、1つ前の時間だけ授業するというのはいかがでしょうか?」
1つの前の授業の終了時刻は、20時30分。さすがに大丈夫だろうと思っての提案だったが、これがのちのち間違いだったと気付く。

時間は進んで17時。
また1本の電話が鳴る。今度はこちらに通っている生徒の保護者からだ。
「雪が積もってきていて、車が出せそうにないので今日は休みます。」
雪が……積もって????
電話を切ったあと、急いで窓を確認する。会社は西日がよく当たるため、16時にはブラインドを閉めている。ブラインドを開けて目に入ったのは大粒の雪。その粒たちが、路上に白い絨毯を作っていた。

賢明な人は、今帰らないとヤバそうと判断するだろう。しかし雪なんて年に1回みるかみないか、むしろ雨も少ない岡山県出身で、「淡路島がなんとかしてくれる」が合言葉の兵庫県在住の私はこう思った。
「まあ、すぐ溶けるやろ。」

20時30分
やや雪のことを心配しながら仕事を続けていると、先ほど帰宅したはずの生徒が1人、教室に帰ってきた。
「バスが運休になっていました。」
バス運休!?
思いもしなかった生徒の言葉にしばらく固まる私。なにか……なにかしゃべらないと……そう思い私の口から出た言葉は、
「それは、雪のせいで?」
そうだよバカ者。なにかしゃべらないとと焦った結果だった。

「とにかく、寒いから教室の中に入って。お母さんとは連絡ついた?」
「まだです。」
「じゃあ、全然教室いてくれていいから。空いてるところで座って待とう。」
生徒とそんな会話をしていると、外から焦った講師の声が聞こえてきた。バスが運休になったということは……。やっぱりあなたも帰れてないですよねー。そんなことを考えていると、昼間電話をかけてきた講師が登場。ですよね!
「バスとまったわ。帰れない。どうするの?」
えっ……私にどうするのって聞いてる?どうするもこうするも、どうしようもないね。むしろ私も帰れないんじゃないか?このとき、やっとヤバいことになったと気付き始めた。

ブラインドをあげて窓の外をみた。そこには見たことのない白い世界が広がっている。一瞬、先週旅行に行った北海道を思い出す。北海道と比べると全然大したことないな、いけるわ!……いやいけねーわ。ノーマルタイヤの車じゃ積雪1cmでも無理だわ。
ここでやっと我に返る。あ、これ帰るには歩き決定ですね!

私が歩きでの帰宅を覚悟したのは、午後9時30分。終業時刻まで残り30分の時間だった。ここから、タクシー事件や、責任者と連絡とれない事件や、ビル管理者に平謝りする事件が起きるが、すべて割愛する。おそらくすべての事件を語っていては1万字あっても足りないだろう。なにより思い出したくもないほど、人の嫌な部分を垣間見た。ピンチになると、人ってここまで自分のことしか考えられなくなるんだと学びにもなった。


さて、話は戻って深夜0時。さきほどまで午後9時だったのにいきなり深夜0時になったのは……まぁ察してください。
そろそろ最終電車が来てしまう時間帯だったので、私は先に失礼した。

歩きが決定した私の計画はこう。まず、できるだけ家の近くに歩きではない方法でいく。調べてみると、雪の中ではあるがどうやら地下鉄は動いている様子。なので、地下鉄で家の近くまでいくことになった。ここで駅の選択肢は2つ。家から40分の距離で、長い上り坂と下り坂が続く道があり、道順を把握している駅、はたまた急勾配はないけれど、家まで50分かかり、道が分からない駅。私は、後者を選んだ。

地下鉄で駅まで向かい、念のためタクシー乗り場を見てみる。行列ができていたけれど、一応並んでみていると、どうやら15分に1回のペースで帰ってきている様子。ここで同居人に相談の電話をしてみた。

「かくかくしかじかなんだけど……タクシー待つ?歩く?」
「それは、歩いたほうがいいんちゃう?タクシー待っとったら2時間以上かかるやん。」

そりゃそうだ。私は最後の悪あがきをやめて、ついに歩き出した。

ひとまず、道が分からないので携帯の地図アプリを開く。所要時間47分。そして携帯の充電は30%。行けるか私?むしろいけるか携帯??
考えていても時間ばかりが過ぎるので、とにかく歩き出した。車の中に厚手のダウンに手袋、大きめのマフラーを用意していたので、寒さは気にならなかった。

白く凍った道をひたすら歩く。歩いている最中に思ったことは、心細いということ。周りに歩いている人はおらず、もちろん車通りのゼロ。さらに現在時刻、深夜1時。携帯の充電もないので音楽を聴くわけにもいかず、ひたすら滑らないように地面を見ながら歩いた。

道中にめちゃくちゃ暗い道を通ったり、大きな住宅街をさまよっている途中で、携帯の画面が消えて焦ったり、途中でエンストした車をみかけたり、地図アプリがウソの道を教えてきたりといろいろなことがあった。
そんなこんなを乗り越えて、知っている道に出たときは心底安心した。携帯の充電は3%だった。マジで危機一髪。住宅街で携帯の画面が消えたときは、死を覚悟した。

知っている道に出たあと、気持ちも楽になったのか、やっと周りの様子を見る余裕が出てきた。見ると、足元には私以外の足跡がある。あぁ、私以外にもこうして歩いて帰った仲間がいるんだなぁと思うと、少し安心した。


時刻は深夜2時。無事に家にたどり着いた。玄関を開けると、聞こえてきたのは、サニーの「にゃー!」という雄叫びだった。そうよな、飯食ってないもんな。一先ずリビングに行くと、デグーたちは夜の散歩を諦めて寝ていた様子。電気をつけると、2匹とも起き出してきた。2匹ともとても迷惑そうな顔をしていて、ちょっと笑った。

次にやっとサニーの出番。「にゃー(飯)!にゃー(飯)!にゃー(飯)!!!」という催促を聞きながら、とりあえずサニーを抱きしめて暖をとった。サニーはおとなしく抱きしめられていた。抱きしめたまま携帯の充電をして、同居人に電話。無事帰ったことを報告できた。
そのあと、携帯をよく見ると、会社で一緒に働いている先生からも安否確認の連絡が何通か来ていた。歩いているときは、必死すぎて全然気づかなかったので、こちらも返信。「どこかで倒れてるんじゃないかと心配しました」と言われてしまった。

そこからお風呂に入り、デグーたちのお世話をし、サニーのお世話をし……と用事をしていると、ベッドに潜り込んだのは午前5時だった。これはもう夜ではなく、朝だわ。
次の日が休みだったので、私は救われた。(ちなみに連絡をくれた先生は次の日も仕事。大丈夫だったかな……。)


次の日、起きたら11時だった。腰、肩、首、腕が固まっていて驚いた。今日は湯舟に浸かろうと決意しながら、携帯を見る。すると、昨日お世話になったパートさんや責任者の方から、安否確認の連絡があった。「生きてますよー」と返信し、朝の日課であるデグーたちの散歩を始めた。

窓の外を見ると、雪は降っていなかったが、道の雪はそのまま白い絨毯のように残り、近所の子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。起きて早々に車を取りにいくのは諦めて、1日引きこもることを決意した。そして思った。
「雪、こわい。」

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