村井純教授「スタートアップを加速させる、次の10年とは」
HAX Tokyoのアドバイザーであり、インターネットの父とも称される慶應義塾大学環境情報学部教授の村井純氏。HAX Tokyo1期生のメンタリング後に2010年代の振り返りと次の10年の間に起こるイノベーション、そしてスタートアップが成功するために必要な要素を伺いました。
ーー2010年代が終わりました。この10年は非常に大きな技術革新がいくつも起きたように思います。多くのハードウェアはインターネットに常時つながった状態が当たり前になり、サーバーはオンプレミスからクラウドに移行し、AIや機械学習のインフラもAmazonやGoogleによって「民主化」されたとまで言われるようになりました。
またメイカーズムーブメントに代表されるようなラピッドプロトタイピングや、オープンソースハードウェアの普及はスタートアップにとっては試作開発の環境を劇的に変えました。
「10年前とは圧倒的に違う状況ですね。インターネットやIoT、AIの普及する前と後では何もかもが違う。なにが大きく変わったかと言うと、プロトタイプ(試作開発)のコスト。アイデアがあったら大人でも子供でも作れる時代になった。私の専門分野で言うと技術標準をオープンなプラットフォームにして広げていくことで、アイデアから実現までの距離は劇的に短くなっています。
この10年でプロトタイピングはソフトウェアの世界で画期的に変わり、それがハードウェアにも広がり、そしてハードとソフトの組み合わせができるようになって、全てにおいてコストが下がった。これが画期的でしたね。
こういう状況だからこそ面白いスタートアップが出てくるし、彼らのアイデアが形になってスケールし、社会が変革する要素が大きくなる。
そうしたことが小さな投資からできるようになった――これが、この10年で一番変わったことでしょう」
ーーこのインタビューの前にHAX Tokyoに採択されたスタートアップのプレゼンテーションを、お聞きになられていましたね。
「みんな何かしらの技術を突き詰めたところからスタートアップしていましたね。ただ、ビジネスを社会に展開するには理由が必要で、『この技術があれば、こういった問題が解決できる』というブリッジを説明できるかが重要です。
今回の4社についても、もし私がアドバイザーとして1時間もらえれば、そういったブリッジはいくらでも思いつく。つまり、almost there(もうすぐたどり着く)っていう感じでしたね」
HAXやHAX Tokyoのように、さまざまな大企業や投資家がポテンシャルを秘めたスタートアップを育てる仕組みが日本でも充実してきていると思います。
「彼らの存在は非常に重要です。ビジネスを技術サイドから作り始めると広がりすぎてしまったり、逆に閉じこもってしまったりすることもあります。スタートアップとしてビジネスを成立させるには尖った方向性と目的があり、そこに優位性をもたせること。そして、持っている技術やポテンシャルを生かして課題解決すること。この2つが実現するようなプロトタイプを製品にして、マーケットに届けることを支える役割があるのは素晴らしいことだと思います」
仰るようなスタートアップが次の10年を担うと思います。技術面や環境面では、次の10年ではどのような変革が起きるでしょうか。
「巨大なデータを処理するアルゴリズムが誕生したことで、それがAIチップのような形でハードウェアに搭載され、ローカルで処理できるようになる。これが次のイノベーションを担うアーキテクチャの礎になるでしょう。
ネットワークで常につながることが前提になり、本格的な分散処理の時代に突入することになる。地球規模での分散処理ができるようになることで、『こういうデータをこう処理すればいい』というアイデアが圧倒的に早くなる。そうなった暁にはアイデアから形にするスピードは、もっと早くなります」
約30年前にスタートしたWIDEプロジェクトに通じるビションですね
その頃からクライアント・サーバー同士がつながって、自律分散型処理の世界が来たらいいなと思っていましたが、それが少しずつ見えて生きています。
巨大なデータでも『こういうアルゴリズムなら解ける、このAPIを使えば早い』といった形でみんなが共有でき、社会全体が学びながら変わっていくという風になることを期待しています。
HAX Tokyoに採択されたスタートアップでも3次元データの画像処理とモデリングや、触覚といった五感に対するセンシング技術など人間の手が及ばない世界に広がる可能性を秘めた技術がビジネスになろうとしています。そうなると難病を治せるようになったり、農業の生産技術も向上したりしていくでしょう。あらゆる課題は現場に落ちていますから、それを技術で解決するスタートアップがどんどん生まれていってほしいですね。
今の子供たちが『スマホも無いのに10年前の人はどうやって、7時に渋谷で待ち合わせできたの?』と思うように、2029年になって10年前を振り返ったら『こんなこともできなかったなんて』という時代になっていると思いますね。
HAX Tokyoに採択されたスタートアップと村井教授
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(聞き手・文:越智岳人)