その一言が、私たちから奪っていくものについて。

「あんたんとこは、大変やね」
叔母がつぶやいたその一言に、曖昧に笑って、「まあ」と相槌を打った。
お茶の誘いを受けたことを心底後悔しながら、胸の内で暴れる自分を慰める。

彼女は知らないのだ。悪意のない可哀そうが、私たちから何を奪うのかなんて。

  ○

「数学の先生が言ってましたよ、病気で大変なのにテストで90点以上取るなんて、素晴らしいって」
中学一年生の個人面談、担任がそう誇らしげに母に話していた。
その瞬間を十年以上経った今もまだ覚えている。その時感じた、逃れられないような息苦しさと共に。

私の点数は、私がまじめに授業を受けてる日々の行動から生まれているのに。私の成果は、私の脳みそから生まれているのに。

そうして気づいた。これが癌になるということなのだと。これが病ということなのだと。
それはつまり、すべての頭に「病気なのに」が付いて回るということだった。

それから私は、私がかわいそうじゃないってことを証明しなくちゃって、いつもどこかでそう思っている。

なんて苦しく、意味のない、呪い。

  ○

我が家は確かに、少し大変かもしれない。
母は双極性障害でほとんど一日中寝入っている。起きてきたかと思えば、きょろきょろびくびく。対応するこちらも疲れるし、大変だ。
私は癌だったし、バセドウ氏病だし、鬱状態でこの間まで休学していた。普通の人が就職している年齢なのに、いまだに大学生をしている。
弟だって、不安症で病院にもう長いこと通っているし、高校時代は不登校だった時期もある。二浪してるし、普通のレールからはズレているに違いない。

たしかに、我が家は少し大変かもしれない。
健康とは言い難いし、健全とも言い難い。
持ってないものは沢山あるし、普通に生きられたらと望むこともある。

母が元気ならばと、私が病でなかったならばと、悲しくなる夜だってある。

だけれども、しょうがない。今ここが、まぎれもなく私の生きている地点なのだから。

  ○

まるでテレビの向こうの、知らない国のニュースを見た時のように、「大変やね」と叔母は言った。

その向こうに、安堵の色が透けて見える。
うちは、こうじゃなくてよかった。その言葉が聞こえるようだった。

それがどんなに、私たちの、普通を持てなかった人たちの、その心を踏みにじる行為なのか、きっと彼女は知らない。

私たちが日々何を苦しんで生きているのか、彼女は知らない。
健康で、健全で、普通の人生を送っている、彼女は知らない。

だけれども、知らないということは罪だと、私はそう思うのだ。

私たちは、慰めのために生きてるわけじゃない。
可哀そうなんて、いらないんだ。

その一言が私から奪っていくものについて考える時、私はいつも叫びだしたくなる。

可哀そうだと思われるために、私は生きてるわけじゃない。

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