投資銀行とは何か

4月から大学の講義が始まりましたが、大学で講義をしていると学生から素朴な質問を受けることが少なくありません。その際、しばしばうける質問が「投資銀行とは何ですか」という質問です。下記は私の単なる私見であり、それは違うという意見もあるでしょうが、簡単なメモを記載しておきます(必要に応じて随時修正します)。

「投資銀行」という表現の語源は、1930年代に、債券や株式の発行などを通じて事業法人等の資金調達を助ける業務と、伝統的な商業銀行を切り離したことにあると理解しています。例えば、マイケル・ルイスの「ライヤーズ・ポーカー」では、

グラススティーガル法は、連邦議会で定められた法律だが、施行の効果は神の掟に近かった。人類を真っぷたつに引き裂いてしまったのだから。アメリカの立法者たちは、1934年のこの法律の力で、投資銀行業務を商業銀行業務からもぎ離した。以来、投資銀行は株式や債券などの証券類の引き受けに専念する。シティバンクのような商業銀行はもっぱら預金を集め、それを貸し付ける。つまりは、この法律が投資銀行家という職種を作り出したことになる。世界史の流れの中で最も重要な出来事だ。少なくとも、ぼくはそう信じ込まされた(p.35)

としています。

「世界史の流れの中でもっとも重要な出来事だ」というのは明らかに言い過ぎですが、投資銀行とは、債券や株式の発行などに関し、事業法人等の資金調達を助ける業務、と解釈されます。実際に、実務家はそういう使い方をしており、証券会社でも、事業会社などの社債や株式の発行を助ける業務を投資銀行ビジネス、そして、その部門を投資銀行部門といいます(「投資銀行」といっても、投資もしていなければ、銀行でもない、とみることもできます)。下記は野村證券のビジネスの全体像になりますが、インベストメント・バンキングと記載されている部分は、主に企業の資金調達を助ける事業を担っています(実際にはM&Aのアドバイスなども担っているのですがその点はここではおいておきます)。

もっとも、素朴に、「証券会社=投資銀行」という使われ方をすることも少なくありません。例えば、野村証券の中には、前述のとおり、投資銀行部門もあるのですが、野村證券そのものを投資銀行と表現することもあります。その背景には、多くの証券会社が事実上、事業法人等の資金調達を助ける業務を有しているから、と私は理解しています。

その一方、証券会社の中には、例えば、個人に対する株式や債券の販売に特化している会社もあります。このような証券会社であると、前述の投資銀行ビジネスという色彩が落ちていくことになります。この場合、「投資銀行=証券会社」という関係が成立しにくくなり、そのような証券会社を投資銀行と表現すると違和感を感じる実務家が増えるとおもいます。

なお、日本では外資系証券会社を投資銀行と表現することが多いとおもいますが、(これは完全に私見ですが)その理由として2点指摘できるとおもいます。1点目は、海外の証券会社が日本でビジネスを行う場合、投資銀行ビジネスを主軸に進出してくることが多いためです。実際のところ、外資系の証券会社が日本でビジネスを展開する場合に、支店を設け個人向けビジネスを展開するということは相対的に少ないと思います。


2点目は、海外の証券会社には、そもそも個人向けのビジネスを有していない金融機関もあり、前述の投資銀行業務や法人向けの販売を調した言い回しが用いられるという点です。有名な事例を言えば、ゴールドマン・サックスです(歴史的にはゴールドマン・サックスは個人でのビジネスを行ってきませんでしたが、現在では、リテールビジネスも展開しているようです。下記が現在の部門になります)。

annual-report-2021.pdf (goldmansachs.com)

ちなみに、そもそも金融危機以降、米系の証券会社が銀行業に転換したことから、日本のように銀行業を有さない、独立系証券会社が国際的に減っているという事実もあります。私が記載した「システム上重要な銀行入門」のコラムでは、

そもそも、金融危機時に多くの独立系証券会社が銀行に転換したため、その対象が少なくなっています。日本の場合、規模の大きな独立系証券会社が存在しており、その意味で、いわば独自路線とも解釈できる

とさらっと記載しました。

上記は私の経験等に基づいた記述であり、違和感があると感じる実務家もいるかもしれません。実際のところ、証券会社では専門化が進んでおり、全体を見渡しにくくなっており、様々な意見があるとおもいます(新人が入社して、一つの部署でずっと働くということがざらです)。これは専門性を高めるという意味ではよい側面も少なくありませんが、全体像をとらえにくくしていると感じています。

証券会社の中で、投資銀行ビジネスは魅力的なのか、あるいは、マーケッツのようなビジネスが魅力的なのか、という別の議論があるのですが(これは証券会社の人が割と熱くなる話題なのですが)、その点は必要があれば別の機会に記載しようとおもいます。

追記:続編を下記に記載しました。
投資銀行とは何か②:グラス・スティーガル法|服部孝洋(東京大学)|note

投資銀行とは何か③:狭義の投資銀行と広義の投資銀行|服部孝洋(東京大学)|note

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