連作小説【シロイハナ】7

ある日突然、父が自宅で仕事をするようになった。普段和室だった部屋が改装され、そこが父の仕事部屋になった。父の会社には何度が行ったことがある。従業員の皆さんにはたっくさん可愛がってもらった。ほんと良い人たちばかりだった。みんないつでも笑顔で僕たちを迎え入れてくれた。そんな父が、会社には行かず自宅で一人で仕事をするようになった。何かおかしい。子供ながら何かが変だと思っていた。

ちょうどその年だったと思う。まだまだテレビが情報源として主流だったあの頃、連日流れていたニュースがあった。「リーマンショック」だ。子供の頃の僕たちからすれば、テレビの向こう側の世界なんて現実の生活とは全く関わりのないことだと思っていた。何かニュースが流れようと、それはあくまでテレビの中で起こっていることであって、僕たちの身の回りには何の関係のないことだ、と本気で思っていた。だけど、そうじゃなかった。テレビの中のニュースが僕たちの生活を一変させることがあるんだとはじめて思い知らされることになる。

中学3年生のあの冬、2学期の期末テストも終わり、マフラー手袋をはめた投稿スタイルも身体に馴染んできて、あとはいよいよ受験を残すのみとなったあの頃、僕たち家族は引っ越しをした。小学校入学から中学3年生までの9年間お世話になった家に別れを告げた。でも、何だか嫌な気はしなかった。たしかにここでの思い出はたくさんある。毎年夏に親戚の皆で集まって見る恒例の花火大会をもうここから一緒に並んでみることはできなくなるし、一番慣れ親しんだ実家がなくなることはたしかに寂しいと思った。もうここに「ただいま」と元気な声で帰ってくることができなくなるのだから。

だけど、新しい家に行くことは、想像以上にワクワクした。引っ越す理由が前向きな理由じゃないとわかっているし、明らかに住む場所が今よりも悪くなることはわかっていた。もしかすると、はじめて引っ越しを経験したのが、今の家に来る頃だから、覚えている中での引っ越しが初めてだったからからもしれない。引っ越しまでの準備をちゃんと手伝った記憶はなくて、それでも、ただただ楽しかったことは覚えている。それも両親が務めて楽しいものに思わせようとしてくれていたおかげだと今ならわかる。

引っ越した先は、馴染みのある場所だった。幼稚園の頃の幼馴染みの家だったからだ。一軒家だし、駐車場もあるし、前の家よりも少し部屋は小さくなったけれど、昔よく遊びにきていた家だったから、嫌な気なんて全くしなかった。むしろどこか懐かしくさえ感じた。自分の部屋だってあるし、弟の部屋だってある。いいじゃないか。とっても前向きだった。弟は隣の中学に転校することになり、僕は自転車で通学することになった。自転車通学禁止の中学校だったけれど、卒業までの3ヶ月間の特例で自転車通学が認められた。

今までは、徒歩15分で学校まで着いたけれど、今は自転車で30分だ。だけど、そんなの全然苦じゃない。みんなと違う登校の仕方だから学校が近づくと皆から好奇の目で見られて、ちょっと恥ずかしい思いもしたけれど、そんなもの全然気にしない。高校入学がもうすぐそこに迫っている、新しい生活が待っている。受験の準備だ。がんばろう。そう思えた。何でも跳ね返せる気がした。今思うと、今もなお底知れず前向きであれるのはこの頃の経験が大きかったかもしれない。

僕は無事、志望校に合格した。


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